九話 情報屋リロ

「くそ……あの奴隷騎士め、図に乗りやがって……!」


 追い出されるような形で貴賓室を後にしたファンハイトは、憤りを隠す事もなく足取り荒く回廊を歩いていた。


「――あら、ファンハイト。何やらご立腹みたいじゃない」


 と、そんなファンハイトの前にラセニアが向かい側からやってくる。声をかけられるまで怒り心頭のあまり前が見えなくなっていたファンハイトは一瞬驚いて立ち止まり、それから横目でラセニアを睨めつけた。


「ラセニアか……お前には関係のない事だ」

「奴隷騎士って言ってたわね。ひょっとしてウィルガンドの事? ふふ……あなた、あの男にからかわれでもした?」


 黙れ、とファンハイトは歯をむき出して威嚇し、ラセニアの傍らに控えるシルファへと目を移す。


「……確か、試合の時、お前のところのメイドが奴を控え室まで案内したんだよな」

「そうだったかしら」

「とぼけるな! あの男には本来ろくに殺傷力のない錆びた剣が与えられるはずだったのに、なぜまともな得物を所持していたのか疑問だったんだ……私への当てこすりか?」

「それは初耳ね。気を利かせたつもりだったのだけど、今度シルファに案内させる時にはよく言って聞かせるわ」


 適当にあしらうように、肩越しに手を振りながらラセニアが歩き去っていく。シルファもファンハイトに会釈してから、すぐにその後を追う。

 皇太子は奥歯を食い締めた。


「どいつもこいつも……今に目にものを見せてやる……!」




 エリンの部屋から窓伝いに降りた後、ウィルガンドはその足で城下町の武器屋へと赴いていた。ルヴァンダルとの戦いで無数に歯こぼれした剣を、新たに調達するためである。

 そういった事情をラセニアに説明すると、そういう事ならとポケットマネーから金銭を貸し出してくれた。

 彼女いわくこれはウィルガンドへの先行投資であり、今後も勝ち続ける限り援助は惜しまないとのお墨付きである。さらにお勧めの武器屋まで紹介してくれた。本当に金払いのいいスポンサーである。

 皇女様直々の紹介とあって、店内は金属が大部分を占めているにもかかわらず清潔感があり、品揃えも剣から弓、拳に填める拳闘用のグローブまで幅広く取りそろえており、見本も分かりやすく並べられ初心者から手慣れた熟練者までとっつきやすい雰囲気だった。

 一目見てウィルガンドも好印象を持ち、ラセニアから借りた財布を握って品物を眺め渡す。

 つらつら考えていると、初老の店主が真剣に品定めするウィルガンドの顔を見て声を上げた。


「――おや、もしかしてお客さん……王女様のお付きの騎士さんですかい?」

「成り行きでそうなってるが、今は頭に奴隷がつくな」


 武器から視線を外さないままウィルガンドが答えると、おお、と店主は破顔する。


「本当にウィルガンド様とは! 聞きましたぜ、エリン姫様をお救いするために、あのクソったれなコロシアムに出て、しかもルヴァンダルの野郎をやっつけたって!」

「事情通なんだな」

「事情通なもんか、もうこの話は町中に伝わってますぜ。ウィルガンド様は今や一躍有名人だってな! ……今日来られたのも、コロシアムで戦う為の武器を見繕いに来たので?」


 まあな、とウィルガンドは装飾や儀礼用のものより質と殺傷力の高そうな鋼鉄製の剣を取り、カウンターまで向かった。


「お、こいつを選ぶとはお目が高い。知る人ぞ知る名工の手がけた逸品で、切れ味もさる事ながら、その耐久性においては他の剣の追随を許しませんぜ」

「それは良かった。前のはこんなざまになったもんでな」


 試合で使用した剣の刀身をちらりと見せると、その壮絶な有様に店主は一瞬唖然とする。


「こいつはひでぇ……どんな無茶な使い方したらこんだけ剣が傷むんですかい。折れてないのが不思議だ……良かったら、そいつもこっちで引き取りましょうか」


 頼む、と剣を受け渡し、ウィルガンドは財布を取り出した。


「へへ……ウィルガンド様みたいな英雄にはタダでもらっちまって欲しいくらいなんだが、一応こっちも営業なもんで」

「気にするなよ。それくらい金にしっかりしてないと客側も信用できないからな」


 料金を支払って店を出たとたん、突然胴体に小男がぶつかって来た。


「おっと、ごめんよ」


 こちらを見ずに素っ気ない謝罪だけを残し、小男は人ごみの中へ紛れていく。

 ウィルガンドが何気なくポケットに手を入れると、その中身が妙に軽くなっているのに気づいた。

 ない。財布がぽっかり消え失せている。さっきの小男に盗られた、と思考が行くのはごく自然な事だった。

 雑踏に向き直ればかろうじて小男の背中が視野にあるが、それもどんどん小さくなっている。


「へっへっへ……結構懐が温かいじゃねえの、騎士さんよ」


 迷宮の如く曲がりくねった路地裏の奥で、小男がウィルガンドから盗み取った財布の中身を確認して舌なめずりする。

 完全に逃げ切ったと思い込み、周辺に気を配っている風でもないので、路地の角から堂々と歩み出たウィルガンドは接近し、その肩を叩いた。


「おい」

「おぅわっ?!」


 驚きのあまり一メートルは跳躍しただろうか。その拍子に帽子が脱げそうになり、慌ててかぶり直す時に小男の顔つきが見て取れる。若い。まだ毛も生えてない少年のようだ。


「その金は大事な必要経費なんでな……返してくれ」

「こ、この野郎……いきなり驚くだろうが、やめろよそういうの!」

「そっくりそのまま言葉を返すぞ」

「誰が返させるか!」


 意味の通らない事をほざいた上に身を翻して逃げようとするので、ウィルガンドは少年の足下につま先を引っかけて転がせた。盛大に顔面からこける。


「返す気になったか?」

「返す」


 素直になったらしく、しょんぼりした調子で少年が立ち上がった矢先。


「おい、リロ」


 またもだしぬけにかけられた声に、リロと呼ばれた少年は財布を持った手をこちらへ伸ばしかけて止める。

 視線を振り向ければ、路地の向こうから三人の男が姿を見せていた。剣を腰に差し、物々しい気配を放つ険しい表情の男達である。


「見つけたぞ。お前、まだ心を決めかねているのか? 早く返事を寄越さないと、こちらにも考えがあるぞ」

「げ、あんたら……っ。いや、返事、って言っても、まだもうちょっと待ってもらえないと……」


 もう十分待った、と男の一人が激昂してがなりたてる。


「いい加減にしろ! 革命の時は刻一刻と迫っている、お前も我々に与すれば、その一助となり永遠に称えられるんだぞ? そのためにこうして打診してやっているのに、その態度はなんだ!」

「そんな事、言われても……」


 おどおどと頼りなく首を振るリロに、ウィルガンドは舌打ちした。


「どうでもいいから、財布を返してくれ」

「あ、うん、でもごめん、ちょっとだけ待ってくれないかい」


 リロが苦い愛想笑いを漏らす、その時男の一人がウィルガンドの財布に目を留める。


「おい、いいもん持ってるじゃないか」


 にやり、と下卑た笑みを浮かべ、遠慮もなく近寄って来るなり、リロへ手を伸ばす。


「これは返答が遅れた詫び代わりに我々が没収する。悪く思うなよ」

「あ、ちょっと、やめてくれよ!」

「黙れ! まだ理解できないのか? 貴様に選択権はないんだ! 我々の計画に支障をきたすわけにはいかん、これは支度金として徴収するッ!」

「そうじゃなくて、それ、俺の金じゃ……っ」

「待て」


 再度財布を奪われそうになり、ウィルガンドは眉間に皺を寄せ二人の間へ割って入った。


「それは俺のものだ。どこの誰か知らんが、勝手に持っていかれても困る」

「なんだ貴様ァ……生意気だぞ!」


 どん、と男がウィルガンドを突き飛ばすと、まるで自分達の方が暴力を振るわれたみたいに、他の二人も殺気立って迫ってくる。


「貴様こそどこぞの騎士崩れか! 我らに楯突こうなど、ファリア王家そのものに牙を剥くのと同じ! 粛清されたくなければとっとと去れ!」

「おい、どっちもやめてくれよ! 分かった、俺があんたらに協力――」


 少年が耐えかねたように声を上げかけた瞬間だった。

 ウィルガンドが無造作に踏み込むと、財布を取り上げようとする男の腕を逆に掴んだ。


「貴様何のつもり――」


 瞬時、男の怒声はくぐもったものに変わった。少年も、他の二人もいつそれがそうなったのか理解できなかった。

 男の背中から、白い刀身が生えている。

 おろしたての剣を抜く手も見せずに鞘走らせたウィルガンドが、男の腹部から背中側にまでかけて貫通させたのである。

 男はぽかんと口を開けて目を見開き、ずる、と音を立てて剣が引き抜かれるのと、自分の手から財布が掴み取られるのをぼんやりと眺めていた。


「き……貴様!」


 いち早く我に返った一人の男が腰に剣の柄に手をかけた。しかしウィルガンドはすかさず剣を横に薙ぎ、こちらを睨み付けていた両の目へ真一文字の亀裂を走らせる。

 さらに勢いは衰えず、その隣にいた男の側頭部に剣が叩き込まれる。頭蓋骨に刃が衝突してもなんのそのと、構わず振り抜くと男の顔の斜め半分が地面へ接着した。

 最初に腹部を貫かれた男はひざまずき、何とか出血を抑えようとしていたが、やがてうめき声も聞こえなくなりがくりと倒れ込む。

 一方で両目を斬り裂かれた男は顔を掻きむしるように絶叫しながら、そこらの壁に激突しつつ逃げ去っていった。そこでワンテンポ置いて頭の欠けた男が棒立ちになっていたリロの足下に倒れ込み、断面からとろとろと脳漿を流し始める。


「な……なん、だよ、これ……」


 ほんの数秒の間の出来事。厳密に言えばただ二回剣を振っただけで、目の前で剣の血糊を払うこの男はこの場にこれだけの惨状を作り出した。


「お、おい……あんた……まさかコロシアムのっ」

「なんだ」

「えと、色々言いたい事はあるけどさ……! とりあえず逃げなよ。でないとやばいよ?」


 なんで、と怪訝そうなウィルガンドに、リロは多少のいらだちを含み言葉を続ける。


「あいつらの仲間が来るし、帝国の警邏隊にも見つかるし……ああもう、とにかくこっちに来て!」


 無遠慮にウィルガンドの腕を掴み、強引に引いて駆け出す。ウィルガンドは抵抗する素振りはなかったが、小走りに後をついて問いかける。


「あいつら何なんだ? 帝国の兵士にしちゃ大した武装じゃなかったが」

「奴らはレジスタンスさ。王国のあっちこっちで多くの国が滅ぼされて、それで落ち延びた連中が城下町に隠れて、力を蓄えてる。特に『東側』は、帝国もあんまり寄りつかない無法地帯だよ」


 『東側』、とおうむ返しにして、ウィルガンドは思い出す。

 そういえば今朝、ラセニアに町へ行くなら『西側』はやめておけと言われた。なぜかと聞き返したら、町の西は帝国の住民が多いからだそうだ。

 反対に東側は元いた王国の人々が軒を連ね、要するにこの城下町は中央の大通りを挟んで東西に王国と帝国が共存しているというわけである。だから西側、と納得する。

 確かに西に住む帝国の人間達にとって、王国の騎士であるウィルガンドの訪問は面白くないだろうし、東側との折り合いも悪そうだ。

 だから行くなら東、武器屋もわざわざ東側の店を紹介してくれたのだ。


「なるほど。この東側に王国のレジスタンスがいて、帝国への抵抗を続けていると?」

「抵抗なんてしてないさ。ただ革命を起こす、王国を取り返すって大口はすごいけど、やってる事はこのあたりの店やら家やらを無断で使ったり脅しすかして買い占めたり、迷惑だからって陳情にいった住民を痛めつけたり、レジスタンスらしい事は何もしてないよ」


 そう言われれば、さっきの男達の態度も頷ける。あれはとてもじゃないが本気で王国を解放し、誇りを取り戻そうとする輩の行いではなかった。


「なんでそんな奴らが幅を利かせてる? ただのごろつきどもなんだろうが」

「ぶっちゃければそうだけど、落ち延びて来たって事は元はどっかの貴族だったり王族だったりするわけじゃん。だから身分を笠に着てレジスタンスってわめけば、俺達が萎縮して従うって学習してるのさ。で、この頃はそのおこぼれに与りたいって傭兵崩れとかの馬の骨まで徒党を組んで余計厄介なんだよ」


 早足に速度を緩めながらちら、とリロがウィルガンドを見やる。


「……そんな奴らにあんたが喧嘩ふっかけるから、こうしてお節介焼いてやってるわけ。いくらなんでも殺す事なかったじゃん。今頃血眼になって捜されてるぜ」

「悪かったな。怪我のせいで思ったより腕が上がらなかったんだ。万全だったら一人も逃がさず始末できてた」

「そうじゃなくて、って、あれで本調子じゃないのか……それにやっぱりその怪我って」


 言いかけたリロは前方へ視線を戻し、足を止めた。どうやら目的地についたらしい。

 雑多な路地裏を抜けた先には、他と比べても大きな二階建ての建物。看板を見ればどうも酒場らしい事が分かる。


「ただいまー」


 遠慮なく扉を開けてずかずか踏み込むリロ。やや困惑の色をにじませつつ、ウィルガンドも続いた時。


「おかえりー、リロ!」


 わっ、と波のように子供達が押し寄せて来た。リロの周りを取り囲み、黄色い声で口々に帰りを喜び、手や身体を引っ張ったりして遊びをねだっている。


「おいおいお前ら、みんなしてこっちに来たらお客さんに悪いだろー」


 リロが目を向けると、酒場らしく並んだテーブルには客が何人か。昼食を食べに来ているのだろうが、子供達の輪で店内が一気にやかましくなっても、むしろ微笑ましそうにこちらを見て。


「いいじゃないかたまには。俺は気にしないよ。なあ」

「ああ。お前達がはしゃいでると元気が湧いて来るぜ」

「やれやれ、みんな甘いなぁ」


 リロが斜に構えて肩をすくめるも、やはり子供達に四方八方いじくり回され台無しだ。


「……そっちの人はお客さんかい」


 と、カウンターからこちらを窺う店主らしき壮年の男が問いかけてくる。リロは子供達に妨害されつつ何とか振り向き。


「そ。名前はウィルガンド。最初は気づかなかったけど、なんとあの騎士様本人だぜ」


 その名を聞き、店内の客が驚きの声を上げる。ここにもコロシアムの奴隷騎士の名はとどろいていたようだが、さしものウィルガンドもこの光景に今の今まで圧倒されていた。


「とりあえずウィルガンド、こっちに来てくれ」

「えー、リロ姉ちゃん遊んでくれないのー?」


 後でな、と何食わぬ顔のリロに、今し方耳にした新たな情報にウィルガンドは口を開く。


「……姉ちゃん?」

「ああ、うん。俺女だけど」


 疲れたぜ、とリロが息を吐きながら帽子を取ると、ばさっと肩くらいまでの栗色の髪がこぼれ出る。妙に声がハスキーで軟弱な体躯だと思っていたら、よもや性別が女とは。


「こらみんな、リロ姉ちゃんの邪魔になるでしょ、店の外で遊んできなさい」


 もう少し年長で、酒場の制服らしきエプロンを着た少女がリロから子供達を引きはがす。


「悪いなみんな、今度遊んでやるから」

「おーいリロ、それならそっちの騎士様の話を後で聞かせてくれよ!」

「えーどうしよっかな。考えとく」


 いまだに固まっているウィルガンドの手を引き、リロはずんずん酒場を進み奥の階段を上がっていく。そこから廊下をしばらく行くと、突き当たりに煤ぼけたドアがあった。


「ここが俺の事務所」


 リロがあっさり開け放つと、そこは酒場の二階を丸々使ったような広さの部屋。

 とはいえ良く床も壁も良く手入れがされ、埃も見当たらず清掃が行き届き、壁際には整頓された本棚に、手前には客用のソファー、奥にはリロのものらしき机と椅子が鎮座している。


「店は第一印象が大事って言うだろ? だから見た目だけは綺麗にしてるわけ」


 そこ座りなよ、とウィルガンドにソファーを勧め、自身は机の角にちょこんと腰掛けた。


「……それで。何なんだ、あの……下にいたガキどもは」


 珍しく歯切れの悪いウィルガンドに、リロは何から話したものかと思案する素振りで。


「あいつらは戦災孤児。戦争で家も親も失った奴らが寄り集まって、周りの大人に世話してもらってるのさ」

「……孤児」

「ここら一帯の住人で金を出しあって養護施設を作ってさ、そんで働けそうな奴はこの酒場とか、近場の店で手伝いをやって賃金もらってる。俺は元々よそ者だけど、まあ、この二階を店主のゴームさんに借りてる手前、暇を見て相手してやってんだ」


 だからあそこまで仲が良かったのか。みなしごで施設暮らしという割に屈託なく、人なつっこい様子からしてよほど良い大人のコミュニティに恵まれているのだろう。


「――親も守ってくれる奴もいないのに、何が楽しいのかいっつも笑っててさ……見てるとなんか、してやりたくなってくるんだよ。うん、まあだから、そんだけ」


 苦笑して頭を掻くリロに、ウィルガンドは無感動な目を向ける。


「で、お前は何者だ? 内装を見るに、ただ部屋を間借りしてるのでもないだろう」

「お察しの通り、俺はここいらじゃちょっとは名の知れた情報屋でさ。この城下町で起きた事は全部……あー、大体は把握してる! それで訪ねて来た訳ありの客が知りたい情報を売ったり、調査をしたり仲介人になったりして生計を立ててるんだ。うまく立ち回れば結構儲かるんだぜ、これが」


 ぐい、と得意そうに指で輪っかを作る。ウィルガンドは嘆息した。


「……だからレジスタンスの連中にも追われてたって事か。お前の情報がそれだけ有用だから、傘下に加えたいと」

「そゆこと。人気者は困るよなぁ。ま、どれだけつけ回されてもあんな乱暴者達と組むつもりないけどさ」


 なあ、とリロが双眸に金欲をちらつかせながら聞いてくる。


「あんたもそこらの奴とは比べものにならないくらいの問題抱えてるんだろ? 助けてもらった礼だし、格安で依頼を受けてやるよ。情報しかり、調査しかり。……あんまやばい橋は勘弁だけど」

「だったらどうしてスリみたいなこすい真似をしてたんだ? 金は入るんだろうが」

「そ、それがさ、ついこの間エリン姫の命を賭けたコロシアムがあったじゃん。でもあんたのおかげで姫は助かったし、だからその記念にガキどもに大盤振る舞いしてたらつい金がなくなって……」


 リロが乾いた笑いを見せる。


「そこにほら、レジスタンスにいるようなむかつく騎士がねぎしょってふらふら歩いてたら、そりゃ魔が差すだろ? つ、つまり財布関連の事件はあんたの責任でもある!」

「ああ言えばこう言う……」


 立て板に水の如く漏れるへりくつに、ゆら、とウィルガンドは立ち上がった。


「計画的でなく突発的犯行なら情状酌量の余地はあるな……」

「だ、だろっ……? だからそんな、怖い顔すんなよ……」

「そうだな。だったらお前の首一つで我慢してやる」


 ぎゃあ、とリロが潰れたような声を発して後ずさる。ウィルガンドが追って壁際まで詰め寄ると、壁を背にして逃げ場をなくしたリロはそのうちへたり込んでしまう。


「ほ、本気じゃないよな……? や、やめてっ」

「――何か言い残す事はあるか?」


 剣に手をかけると、リロは観念したように、不意に神妙な眼差しで見上げて来た。


「分かったよ……そ、それじゃあさ。俺が死んだらあいつらの面倒見てくれよ……それなら化けて出る事もしねぇし」


 弾劾 だんがいされているのはリロの方。本来なら頼み込めるような筋合いもないというのに、その無理も承知で子供達の心配をしている。

 命の危機に瀕してもあくまでそんな姿勢を貫くリロに、ウィルガンドはふっと力を抜いてソファーへ戻った。


「どこまでも厚かましい奴だ……冗談だよ」

「ま、まじでっ?」

「半分くらい」

「半分は殺る気だったのかよ!」

「それより、情報屋なんだろう。頼みたい事がある」


 リロはひょうきんでお調子者な面もあるが、肝は据わっている。だったら城下町の大部分を知るという大言壮語に乗ってやろう。ウィルガンドはリロに自らの置かれた状況を説明し、なおかつ今現在ファリア王国がどうなっているか知りたいと伝えた。


「……て言っても、王城は帝国に制圧されてるし、帝国以外表立って動いてる軍隊もないからなあ」

「ファリア同盟の動きを調べて欲しい。それとジェノム公の様子も重点的に。俺の他に逃げ延びた家臣がいるならなんとか連絡をつけてくれ。……当面はそんなところだ。できるか?」

「それだと複数の地域にまたがった調査になるから、かなり金がかかるし、時間も必要になるぜ」

「経費なら糸目はつけない。むしろ気になるのは調査期間だな。どれくらいかかる」


 うーん、とリロはいつの間にか取り出したそろばんを弾き、メモを取りながら答える。


「めいっぱいやってやっぱ数ヶ月は欲しいかな。噂や評判だけをかき集めるなら短くても済むけど、あんたの要求は正確な情報なんだろ?」

「それも可能な限りな」

「だったら見積もっても二月は待ってもらうよ。急いでるのは分かるし俺もできるだけ頑張るけど、何せこんなご時世だ、何が起こるか分からない」


 それでいい、とウィルガンドは妥協する。


「もっと大がかりに調査団を組めれば楽なんだが、帝国の目がある以上そううまくもいかなくてな。お前だけが頼りだ」

「褒めたって何も出ないって。……進捗の報告はどこでする? さすがにコロシアムのあんたの部屋に忍び込むのは難しいぜ」

「ここでいい。とりあえず次の試合が終わったらこの部屋で落ち合おう。それくらいの情報はすぐに伝わるだろ?」

「了解っと。それじゃお待ちかね、依頼料、手数料、仲介料、情報料その他ともどもの交渉といきましょうかね」


 数十分後、格安とか言いながら生き生きとそろばんをはじき、これでもかと料金を請求してくるリロに、ウィルガンドは散々前金をふんだくられたのだった。

 一階へ下りてくると、ちょっと前まであれだけ騒がしかった酒場が一転、無人であるかのように静寂が満ちていた。

 客は酒場の壁際に身を寄せ、窓から外を窺い、子供達は年長の少女にかくまわれるように隅で息を潜めている。


「――なんなの? 何かあった?」


 リロが声を抑えて尋ねると、店主のゴームがいかめしい面構えで振り返り、丸めた指で窓の外を示しながら口の形だけで「やつらだ」と答えた。ウィルガンドには何の事だか分からなかったが、リロもまた眉根に皺を寄せて窓を覗き込み。


「……レジスタンスだ。人数連れて来てる」

「まさかもう発覚したのか?」

「いや、あんたの殺しは関係ない。連中、自分達の拠点として使わせろとかで度々この酒場に来ててさ、いつも追い払ってるんだけど、全然懲りてない」


 早口に言って、リロは酒場の面々を見渡し。


「今日は俺があいつらを追っ払うから、みんな悪いけど一時退避してて。夕方には戻っても大丈夫だと思う。――ウィルガンドも、裏口から帰りなよ。見つかると後が大変だし」

「いいのか」


 いつもやってる事だし、とリロがのほほんとした笑いを見せると、店内の緊張が紛れた。ゴームが客を出口まで誘導し、子供達も慌てる事なく裏口へ歩いて行く。ウィルガンドもリロが面倒事を引き受けてくれるのなら食い下がる必要もない。

 ただ一度だけ窓からレジスタンスの様子を見てみると、路地裏の三人と大差ない柄の悪そうな男達が数人、通りをこちらへ進んで来ている。

 その先頭には過剰なまでの権威誇示のみを目的としたような、磨き込まれた真鍮製の軽鎧を纏った貴族と思われる男が肩で風切り前進していた。

 ちなみによく考えたらレジスタンスに身分を明かせば逃げる必要はなかったのでは、と思いついたのは店を出てコロシアムを前にしたあたりだった。

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