29.Ad lei present

体が軽くなり、首が重たくなる。

目を開く。

佐山の手が自分の首を掴んで持ち上げていた。

ああ、もう終わりなんだな。

榊は自分たちの目をくらませて、これを仕組んでいたんだ。

俺たちがわからない間に術式を作り上げて俺たちをその中に潜り込ませた。この世界に慣れていない佐山を中心に置いて。

俺たちは佐山を守るためあまり体力を削らせないように動いていた。そこで佐山に術をかけた。


負けた。そうか、榊は強いな。

これで、みんなおわりだ。

佐山もサキも……。


いや待ってくれ。

ここで二人を消えさせる訳にはいかない。

佐山は俺を頼ってくれた人だ。

サキには何度も助けられた。ここは俺がサキを助けなければいけない。

俺は今、この二人を助けなければいけない。

悪あがきをさせてくれ。


「榊、お願いだ。どんな呪文を使ったんだ」

榊は答えない。そりゃそうだ。

佐山の首を絞める力がどんどん強くなる。

これまでの出来事が走馬灯のように流れた。

佐山に号泣されたこと。サキと戦ったこと。この街に来てわけも分からずさまよったこと。

愛美に連れられて初めてこの街に入ったとき、謎の男に襲われたこと。

その男の声が頭の中でこだまする。『答えろ!』

意識が遠のく。あの時は日本語に感じていた言葉が、意味の分からない雑音に聞こえてくる。

『動くな!答えろ!うごくな!こたえろ!Ugokuna……Kotaero……Midir……kāri……Khatā……piri……』

ん?これは呪文か……?

あの時は普通の言葉に聞こえていたものは、実は呪文だったのか……?

「榊……答えてくれ……頼む』

榊は黙ったまま俺を見てにやりと口角を上げた。

一か八か。微かな記憶を頼りにその言葉を真似してみる。

Midirāk khāta nakāri動くな, Khatāyahapiri答えろ

すると榊は身体をぎゅっと縮こまらせ、一言「分かりました」と答えた。

きょとんとした顔になり、何が起こったのか分からないという表情を浮かべた。


「まずは佐山に術をかけました。『Bhāga amain 我が思ひに svidyūsiya追従せよ』と。」

すっと息を吸い、呪文を繰り返す。

Bhāga amain 我が思ひに svidyūsiya追従せよ

そして念じる。『手を離せ』

佐山の手の握力がだんだんと弱くなり、俺を離した。俺はその場にどっと倒れる。

榊は体をくねらせてもがこうと試みるが動かないでいる。

俺は力を振り絞って榊の元へゆっくりと足を進める。

Srji, imāsiスルジーマースィ

刀の呪文を唱える。これで終わりだ。

榊に刀を振りかかろうとしたその時、榊が大声を上げた。

Mākhisihimīya黙秘せしめよ!」

俺の手の刀は消え、戦場の霧は青色に変化し、榊は直立不動のまま宙へ浮かび、マナが現れた。

「うわっ……」と後ろから声がした。

どっと疲れ切った顔をした佐山が尻餅をついていた。

それと同時に前から悲鳴が聞こえた。サキだった。

サキはそのままうつ伏せに倒れる。

俺はすぐにサキのもとに駆け寄った。

「サキ、大丈夫か」

サキは目を見開いたまま、何も言葉を発しない。

俺はどうしたらいいかわからず、そのまま抱きかかえるしかない。

後ろからマナの声がする。

「黙秘を選ぶということは、代理人が来るまであなたはここで囚われたままとなります。宜しいですね?」

「大丈夫だよ」榊が答える。

マナが「わかりました。黙秘を実行します」と言うと、榊がいる真下で霧が渦を巻き、榊はそこへ吸い込まれていった。

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