30.El deven
わたしは八王子の外れにあるなんてことない実家で育った。
家の近くの公立中学校に通い、卒無く部活と学業をこなし、数駅離れた公立高校に通った。
私立には通えなかった。というより二人姉妹の長女のわたしが家計に迷惑をかけてはいけないと思っていた。
それでも、高校に入ったら欲が湧く。原宿で可愛い服を買いたいし、マックで駄弁ったり、ゲーセンで好きなぬいぐるみのために費やす時間は生きるために最も必要なことなのだと思っていた。
だからバイトをした。渋谷の一番お気に入りのブティックに面接をしたら一発で受かった。だから、わたしには才能があるんだ!と思った。
それに比べて妹の千秋は不器用だった。わたしについていこうと高校も部活も同じとこに入った。勉強もそれなり、運動もそれなり、だけどどこか抜けていて、でも愛嬌があったから友達も先生も味方していた。わたしはそんな妹を可愛いと思っていた。
でも妹は違ったらしい。二つ上の姉と同じ部活に入り、いろいろと言われたらしい。
いつしかわたしと妹の会話は「おかえり」と「ただいま」だけになっていた。
高校も3年になると進路の話になってくる。学費のことが頭によぎり、就職することを選んだ。家に迷惑をかけられない。それは、親に言われたわけじゃないけど、小学生の頃、杉並区から八王子に引っ越したときに、なんとなく家計の事情はわかってしまっていた。
卒業式の前の日、友達とカラオケでオールを初めてして、そのまま朝からバイトで疲れて電車を寝過ごした。
なんだかせっかくなので、すこし遠くに行ってみたくなった。
お台場の浜辺を歩いていると、眠気もあってか、いろいろなことを考えてしまった。
妹は進学をしたいと言い出していた。両親も少し戸惑っていたけど、どうにかすると言っていた。わたしの時もそう言っていれば……なんて後悔はしない。してはいけない。可愛い妹に嫉妬するなんて姉失格だ。でも、今日だけは波の音でも聞いて静かに過ごしていたかった。
海岸で貝殻でも探して歩きたい。でもこの浜辺はとても人工的で、そんなものはないさらっさらの砂景色だ。海岸は綺麗だけど、海の水は薄っぺらい。
少しだけ水面を撫でて、帰ろうと思った。
「何をしているの?」
男の声だった。
顔を上げると、にこやかに笑う顔が現れた。
わたしのタイプの塩顔で爽やかなイケメンだった。その時は、彼の目的も、彼の本当の素性も、知らなかった。
わたしは高校を卒業して、バイト先のブティックに就職した。
自分の稼いだお金で夜遊びもそれなりにしながら、好きなものを買って暮らす。
悪くない生活だったけど、受験勉強に明け暮れる妹とそれに付き合う両親に、朝帰りの自分が会うのが気まずくなって、自然と彼の家に転がり込んだ。
そこで彼からビジネスの誘いを持ちかけられた。
『神楽メソッド』の講習会。
なんだかわからないけど儲かる話。
わたしは興味ないと言ったけど彼が強引に勧めてくるので断れずに参加した。
渋谷の高級ホテルの一室でパーティが行われた。わたしはそこで初めてお酒を飲んだ。
IT企業の社長や、投資家、売れっ子のホストを名乗る人たちが現れて、公演をした。
初めてのお酒であまりよく覚えてないけど、酔った勢いもあって、色んな人に話しかけた。
朝まで飲んで、次の日は二日酔いで苦しかったけど、気がついたら皆んなが助けてくれた。
仲間だと思った。
わたしはその日からビジネスを頑張った。
本業そっちのけで、セミナーや勧誘にひた走った。
個人向けのPCから宗教まがいの水晶も売った。わたしが勧誘した弟子が売ればわたしの方に上納金が乗ってくるシステムで、今思えばマルチ商法だった。
いつしか、わたしは誰もを追い抜いた。わたしにはやっぱり才能があると思った。でもわたしの生活は良くならなかった。わたしを勧誘した彼への寄付が多すぎたからだ。でもわたしはそんなことは気にならなかった。
そんなときに、わたしは本体の宗教団体である神楽教に勧誘された。
セミナーや座談会にも参加するようになった。
神楽教のセミナー運営にも参加するようになると、ビジネスの方が疎かになっていった。
彼はわたしにお金を無心するようになった。喧嘩が増えていき、彼の元を出た。
後から聞いた話だと彼は浮気をしていた。というより、わたしのことは最初から金づるとしか思っていなかったのだ。彼は有名大学の学生で、ギャンブルが原因で借金が溜まり、返せなくなった彼はバイトつながりの紹介でこのビジネスを始めたのだった。そのために社会に出たばかりのわたしに目をつけた。わたしが思いのほか大成してしまったのが彼の誤算だった。
わたしと別れてほどなくして、彼は消息を絶った。闇金に手を出していたらしい。その後、彼がどうなったかは、わたしは知らない。
そんな生活の虚無感から、わたしは宗教活動にのめり込んでいった。頑張って、神楽教のために働いた。
気がつけば、セミナーの講師まで任されるようになった。毎日が大変で大変で、やりがいもあったが、どんなに神楽教の教えを理解しようとしても心の虚しさは拭えなかった。
ある日のセミナーのことだった。初老の男がいきなり立ち上がった。
「君はいつまでそんなことをしているんだ!」
頭のおかしい人間だと思って、周りに助けを求めたが想定外の事態に戸惑って誰も助けてはくれなかった。なんでこんなに頑張っているのに、とわたしは思った。
初老の男はわたしの話した内容に一から食ってかかった。わたしが反論しようとしても、細かいことを言って論破してしまう。
返すすべのなくなったわたしは泣いてしまった。
「すまない、君を責める気は無いんだ」
男は言った。
それと同時に名刺を渡された。仙山龍一。
わたしと仙山先生との初めての出会いだった。
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