27.Magö de pace

榊は顔を上げる。すると、榊の額にもう一つの瞼が出来上がっていた。

榊はその瞼をゆっくり開いた。中から虹色の目玉が現れた。

「ふふ、そういうことね」

目玉が俺の方を向いた。

「君、人の呪文を奪えるんだ……」

その時、ズンという地鳴りが足元に響いた。

それとともに、霧の縁が外側へ外側へ広がっていくのが見えた。

すると突然、街中のビルが黄色く点滅を始めた。

「注意。戦闘区域拡大中。関係者以外は速やかに退避せよ。繰り返す。戦闘区域拡大中。関係者以外は……」

けたたましい警報音と自動音声が街中に鳴り響いている。

再び目を戻すと、榊の姿はなくなっていた。

「あの占い師、逃げたね。でも、この戦場の中にはいる。倫乃介、探して見つけ出すよ」

「何か術を使ったのか?」

サキが頷いた。

「でも、呪文は聞こえなかった」

「あの占い師、マナとの取引で一時的に魂のレベルを上げてる。だから呪文を発しなくても術が使えるんだよ」

「そんなことができるのか。じゃあ術を真似ることはできない……」

「二人で行くよ。また追い詰めて一気に仕留めよう」

「そうだけど……サキ、この状態じゃ……」

サキはボロボロだった。それもそうだ、さっきの戦いで榊に肩を刺されている。

佐山も不安そうにサキを見つめ、「そこまでしなくても……」と言いかけた。

「何言ってんの!わたしたちがやらなきゃ誰がやるの!こんなとこで諦めるないでよ。上を目指すって約束したでしょ」

サキの目は本気だった。

「……わかった。でも無理はしないでほしい。サキが限界になったら俺一人でもやり抜く」

「その前に仕留めるよ。探しに行こう」

「ああ、でも広いな」

「乗り物、あるでしょ?」

そう言ってサキはポケットからキーを取り出した。

「ああ、そうか」

サキは車に佐山を詰め込み、俺はバイクに跨った。



俺とサキは二手に別れて辺りを探しまくった。

しかし、探せど探せど榊の影すら見つけることができなかった。

サキと落ち合った俺は「本当に見つかるの?」とサキに言った。

「あの占い師は教団が上層の裁きで手薄になっているところを狙ってきた。だからあっちの裁きが終わって教団のメンバーがこっちに加勢する前に終わらせたいはず。最悪見つからなくても、そのうち姿を表すよ」

「だといいけどなー」

サキは俺の声を聞いているのか聞いていないのか、そのまま車を発進させた。

その時、耳元でチリンと涼しげな音色が鳴った。

サキの車の目の前に電柱が浮かび上がり、車は激突した。

「サキ、大丈夫か!」

俺は車の元へ向かい、ドアを開けた。サキと佐山が苦しそうな表情をこっちへ向けた。

「大丈夫……それよりあの占い師は……?」

その時、何かが風を切る音が聞こえた。

Khapi imāsiカピーマースィ!!」

すぐに振り返って呪文を叫んだ。透明な壁に黄金のダーツの矢のようなものが刺さる。

矢はそのまま溶けるように消えて、壁は砕け散った。

目を見上げると、数百メートルほど先に何者かがいた。

榊だ。額に虹色の目玉を光らせながらこちらを見ている。

「サキ、車を動かせるか」

「いまやってる!」サキは車のキーをひねりながら何度もエンジンを掛けようとするが、うまく起動できないようだった。

榊は歩いてこちらに近づきながら「もう終わりにしてあげる!」と言い放った。

額の目が瞬きをして、榊の前から矢が何本も放たれる。

Khapi imāsiカピーマースィ!!」

矢の力で再び壁が破壊される。

榊はそうしてゆっくりと歩きながら何度も矢を放った。その度に壁を作っては壊されていく。オルゴンを消費しているのが疲れとなって感じられる。

サキと佐山を後ろにして、このままここを離れるわけにはいかない。

しかしこのままでは、榊の思うままだ。どうすれば……。

「ここまで私を追い詰めたのはあなたたちが初めてよ。だから今回は特別に、命だけは奪わないであげるわ。降伏しなさい」

「あははは、こんなのに褒められるなんて光栄だね。倫乃介」

「ああ、俺たちの力を見せてやらないとな」

その時、榊の額の瞼が瞬きをした。

榊の身体が七体、七色の半透明な姿に分裂した。

それと同時に、自分の身体中の皮膚を電流のような寒気が伝わった。

「動けない……」

かろうじて声が出せた。しかし、身体が全く動かない。

「ちょっと……なにこれ!」

サキの声だ。振り向くこともできないが、サキも同じ状況みたいだ。

「君たちの動きは動きを見せてもらったわよ」

榊の声は何重にも重なって一つの音色のようになっている。

「さぁ、姿を表しなさい」

その声が響いた途端、後ろの車の方で獣の遠吠えのような声がした。

「Bhāriba thaćyānataritバーリバタチャーナタリット!!」

突然、首を後ろから掴まれた。そのまま後ろに倒れこむ。

Odićitesosīyaオーディチテーソースィーヤ!!」

一人の男が俺の上でそう叫んでいる。声の主は佐山だった。

佐山は次に俺の胸ぐらを掴んで持ち上げる。

Khāćisośun āriカーチソーシュナーリ!」

佐山は雄叫びのようにそう叫ぶと、俺の腹に蹴りを入れた。



Hyupīćiban āriヒュピーチバナーリ心平気和なれOdićitesosīyaオーディチテーソースィーヤ怨敵退散せよ Khāćisośun āriカーチソーシュナーリ光輝燦然なれ


まるで電源が切れたかのように、目の前が暗くなる。


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