26.In Wɯa Ɯilesa

アマガハラの第一層、透明なビルが立ち並ぶ群青の街の上には霧が広がり、佐藤倫乃介と白石サキが榊明美の前に立っている。

その上空には螺旋状光る線が幾重にも重なり合い絡み合い、まるで鳥の巣のようになっているが、彼らには知覚ができない。第一層にしか侵入できない彼らには『レベル』が足りないため、上層に何があるか、見ることすらできないのであった。

しかし、この時だけ、榊には見えていた。

マナとの『取引』を終えた彼女にはこの上層に広がる無数の光線の絡み合いと、その上に広がる空を覆う分厚い雲の存在が知覚できていた。

第二層に浮かんでいる光る線。その一本一本をよく見れば中に窪みがあり道のようになっている。

その道の中を暴走族のように音をかき鳴らしながら車とバイクの一群が通り過ぎた。

「撤退!撤退!第一層へ向かえ!」



彼らの過ぎ去ろうとする一帯には煙が立ち込めていた。

その煙の中を青白い顔をした男が追いかける。

「なんで逃げるのさ。僕たちの愛を思い知らせてあげるよ」

先頭を走るバイクに乗った白髪の男が併走するバイクに向かって叫んだ。

「魔導師様、第一層へ向かうには時間がかかります!その前に全滅してしまうかもしれません!」

魔導師と呼ばれた女は言った。

「そうね。私は一度戻るわ。ケイ、貴方は皆を下まで送って」

「わかりました!」

そう言って魔導師はバイクをUターンさせた。



その上層、この街を覆う分厚い雲の上には大きなピラミッドが浮かんでいた。

ピラミッドの中には大きな部屋があり、その中心には虹色の泉があり、その中に第二層の様子が映し出されている。さらにその泉の中心を、この街を照らし、かつこの世界すべての運命を司りこの街の力の源泉となっている、アカシックレコードの光の柱が貫いていた。

泉の周りには、青、赤、黄、紫、緑、藍、橙に光る石が置かれ、その上にそれぞれこの街を統べる『天の声』たちが鎮座していた。彼らの目の前には眩く光る金色のメダルが大量に積まれている。

「あ〜つまんないな。逃げるのかよ」

橙の石に座った小太りの男はそう言って、目の前に積まれたメダルの一つを取って口元に運ぶと、バリバリと音を立てて食べ始めた。

「ちょっと、それやめてくれない?見てて不快なんだけど」

青の石に座った女が小太りの男に文句を言った。

「わるいけど、これがボクの主食なんだから。しょうがないでしょ」

「それでも、今ここで食べることないでしょ」

「ボクは今お腹が空いてるの。飢え死にさせる気?」

そう言って男はまた一つメダルをとって食べ始めた。

「あんたねえ……」

その時、彼らの目の前に一人の子供が現れた。

「ちょっといいですか?」

「あら、マナちゃんじゃない。どうしたの?」

紫の石に座った女がマナに話しかけた。

「取引の要請がありました」

「第二層?」藍の石に座った青年が言った。

「いいえ、第三層の裁きです」

「ふん、第三層のやつらに好き勝手に裁きをさせるから秩序が乱れるんだ」

赤の石に座った男が腕を組みながら吐き捨てる。

「いいじゃない。楽しそうでさ!ボク、賭けようかな」

小太りの男が嬉しそうに言った。

すかさず、青の石の女が「口にもの入れたまま喋んないでよ」と制した。

「それで、要求は?」藍の石の青年が言う。

「天鏡眼と戦場の拡張」

「……ふーん」

「おい、お前は賭けないのか?」小太りの男が言う。

「僕は賭け事は好きじゃないから……」

「ちっ、つまんねーの」

泉の中に榊、サキ、倫乃介の姿が映し出された。

紫の女が「あら可愛らしい子たちじゃない」と言うのを遮るように、赤の石の男が言った。

「こいつ!あのはぐれものが連れてきた生き霊じゃないか!!」

「それって、貴方が勝てなかった生き霊?」青の女が笑いながら言った。

「笑うな!こいつはこの街を破壊しようとする下賎な魂だ!許せん!」

「哀れね。運命に愛されず、下層のちっぽけな魂に負けてしまうなんて」青の石の女はそう言ってわざとらしく手を合わせた。

「貴様!まだ愚弄する気か!いいか、マナ、私の力を存分に使え」男はメダルの山の半分を持ち上げ、マナに差し出した。

「それには俺も賛同するぞ!この街を守ろうとする勇気に痺れた!俺の力も使ってくれ!」今まで黙っていた緑の石に座った男が声をあげ、同じくメダルの半分を差し出した。

「ちょっとそれじゃあ、相手の子たちがかわいそうじゃない?」紫の女が言った。

「何がかわいそうなものか!あいつは邪な魂だぞ!」

「やめなさい。力を差し出すか、そうでないか。それだけだ。いいか」緑の石に座った初老の男が言った。場は静まり、マナが口を開いた。

「他に賭けるひとはいませんね。それでは、決定とします」

そう言ってマナは姿を消した。


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