18.Le maghe povo

男が群衆の前にバイクを停めると、中から魔導師が出て来た。

「ご苦労様。下がって良いわ」

「へい」

男たちはそう言うとそのまま群衆の中に混ざった。

「少し手荒だったかしら?」

「少しじゃないです。何の用ですか?」

「見て欲しいものがあるの」

目の前には薄く霧が張っていて、その中で一人の若い男が足のない黒服の何かと戦っていた。

「裁きですか」

「そうよ」と魔導師。

「この裁きは私たちにとって重要な戦いなの。せっかく迎え入れの裁きが終わったんだから見せてあげようと思って」

「重要な裁き?誰と戦ってるんですか」

「ついて来なさい」

魔導師はそう言うと俺とともに群衆の中に入っていった。

群衆の一人一人を見ると、服装や見た目は様々だが、皆普通の人間の姿をして首から金属の入った透明な玉を首からぶら下げているので、ここに集まっているのは魔導教団に所属している生き霊たちであることはわかった。

戦場の目の前まで来ると、霧の戦場の真ん中に黒ずくめの服を着た何者かが立っているのが見えた。フードを被っているが、その顔は見えない。ただ、人間の顔でいうと目のところから怪しく白い光を放っている。

「人間……?」

「生き霊じゃないわ。ここのエリアを昔から統治してる地場の霊魂よ。私たちはあれと戦っているの」

「なんのために……」

そのフードを被った亡霊が大きな咆哮を上げる。

亡霊の傍から光る矢がいくつも現れては放たれていく。

矢の向かう先には俺と同じくらいの歳の男がボロボロで立っている。

Khapi imāsiカピーマースィ

男がガラガラの声で叫ぶ。矢が男の手の前で弾けた。

「このエリアは私たちが積極的に開発してきた場所なの。マナに私たちの財産の聖石をたくさん渡して発展させてきた。元はこんなに建物も建ってなかったのよ」

見渡すと魔導師の言う通りで、この辺りには透明なビルがいくつも立ち並んでいる。

「それで、今度魔導教団の拠点を作るために街の改造をマナに依頼しようとしたの。そしたらあれが反対して、こうなったのよ」

「話し合いとかで解決したらよかったんじゃ……」

「もちろんしたわよ。でも、『このエリアの改造は認めない』の一点張りだったわ。最後には『生き霊は出て行け』なんて言い始める始末。もうみんな怒っちゃって、このままじゃ埒があかないから裁きをすることになったのよ」

魔導師はそう言いながら、どこかこの状況を楽しんでいるような表情を見せた。

「ところで貴方」

「なんですか?」

「迎え入れの裁きが終わると自分の特性があると言ったじゃない?」

「そういえば……」

「自分の特性が何か気にならない?」

「わかるんですか?」

「恐らくだけど、ある程度検討はついてるわ」

「一体なんなんですか?」

「貴方の場合、それはおそらく……」

その時、辺りに男の悲鳴が響いた。

男の肩に赤く光る矢が突き刺さり、ジュージューと惨たらしい音を放っている。

「魔導師様。もうこれ以上は……!」と苦しそうな声が響く。

「マナ」

魔導師がマナを呼ぶと、目の前にマナが現れた。

魔導師は男の方を指差し、「いいかしら?」とマナに尋ねる。

「裁きを肩代わりすると言うこと?」

「そうよ」

「わかりました。受け入れましょう」

魔導師が戦場の中に足を踏み入れる。

亡霊がその姿をじっと見つめ、「誰が来ようと変わらん。早く負けを認めたらどうだ」と地鳴りがするくらいに低い声で言った。

魔導師は「下がっていなさい」と傍の男に言う。男はその声を受けて這いつくばりながら俺の目の前まで出てきた。

男は肩で呼吸をしながら苦しそうに表情を歪めている。

周りの群衆がわっと集まってきて「大丈夫か」と声をかけながら手に持ったガラス管のようなものから黄金の液体を掛けた。液体は男の肩の傷口に当たるとジュージューと音を立てて蒸発していく。

男が「ありがとう。もう大丈夫だ」と言ってよろよろと起き上がる。

「大丈夫ですか?」

俺がそう言うと男はこちらを振り向いて驚いた表情をした。

「君、琳乃介くんか?」

「えっ、俺のことを知っているんですか?」

「ああ、迎え入れの裁きが凄かったからね。僕の名前はケイだ。よろしく」

彼が手を差し出した。

俺は握手を交わしながら「あの時、見ていたんですか」と聞いた。

「ああそうだ。魔導師様が見込んでいると言うからみんな来ていたよ」

あの時は必死で、魔導教団の群衆が見ていたことに全然気づかなかった。

「そういえば君、帰依する対象にサキちゃんを選んで困らせたそうじゃないか」と彼は笑った。

「それは……あの時はちょっと朦朧としていて……」

「はは、サキちゃんには許してもらえたかい?」

「うーん、多分……」

「そうか。それなら、この裁きは見ておいたほうがいい」

そう言ってケイは前を向いた。

「それはなぜ?」

「サキちゃんと僕たち魔導教団は同じ目標を掲げている。これはその目標に近づく大きな一歩だからさ」

戦場の中心であの亡霊がぱっと見ただけで数百本はある矢を空中に出現させながらじっと佇んでいる。

「これでもやると言うか」

「そうよ。御託はいいから早くしてちょうだい」と魔導師は挑発する。

「ふん」

亡霊の声を合図にしてその矢が全て魔導師めがけて放たれた。

Khapi āriカピャーリ

魔導師が唱える。矢は一本一本が意志を持っているように、四方八方から魔導師の元に降り注ぎ、轟音を立てた。群衆が息を飲み、辺りに静寂が広がる。

充満した煙は風でゆっくりと流れ、その中から傷ひとつない魔導師の姿が現れると、周りの群衆は歓声を上げた。

亡霊はそれを見て、黒い靄のような手を合わせた。そして呻き声にも近い声で何かを唱え始めると、亡霊は二人に分裂した。

さらに亡霊は唱え続ける。その姿は三人、四人と増え続けていく。

しかし魔導師はその様を涼しい顔で眺めているだけだ。

亡霊はみるみるうちに増え、戦場の半分を埋め尽くした。

一気に大群となった亡霊は魔導師に襲いかかった。

ある者は矢を放ち、ある者は火を放ち、またある者は飛び上がって手に持った金色の刀を振り下ろした。しかし魔導師は全方位を透明な壁に守られているようで、亡霊の攻撃は全てそこで跳ね返されてしまっている。

「これだけか?」

魔導師が挑発すると、亡霊の大群は雄叫びを上げてさらに襲いかかったが、やはり壁はびくともしない。

すると魔導師は人差し指を空に向かって上げ、「Thirasī!ティラースィ」と言うと、その途端亡霊の大群の動きが止まった。まるで一時停止ボタンを押したように、亡霊たちは動けなくなってしまっていて、その頭上にはそれぞれ相手の姿をした半透明の人型が現れている。

「何をした……」

呻き声のような亡霊の声が響く。

魔導師がそれを無視して再び「Thirasī!ティラースィ」と唱えると、分身の大群の上に現れた人型の上にさらに新たな半透明の人型が現れる。

「んんんんぐぐぐ……」と苦しそうな低い声が響く中、「Thirasī!ティラースィ」「Thirasī!ティラースィ」と魔導師は唱え続け、亡霊の頭上は何体もの半透明な人形に埋め尽くされた。

「お前の本質はどこだ」

魔導師が大群に問いかけると、一番上から一つの人型がばさりと地面に落ちた。

魔導師は動けなくなっている亡霊たちの間を縫って、その半透明の人型を片手で持ち上げた。

「これがお前の本体か」

「やめろ!」分身の大群が叫ぶ。

魔導師はニヤリと笑い、その人型の胸に手を突き刺した。

その途端、分身たちは今まで聴いたことのないような人とも動物ともつかない声で大きな叫び声をあげた。

「悪いな」

魔導師は手を引き抜くと、亡霊の大群は再び大きな叫び声をあげながら、全て蒸発するように消え去った。

魔導師の手には心臓が握られていて、ドクドクと気味悪く鼓動をしている。

足元の霧が消え去り、裁きが終わったことを告げた。

周りの教団員たちは拍手をし、歓声を上げた。一部の観衆たちは魔導師に駆け寄っていく。

「すげえ……」

「どうだい。これぞ我らが魔導師様の力さ、あっそうだ」

ケイはそう言って俺に耳打ちをする。

「君のお父さんは上の階層にいるらしい。ともに上を目指そう」

「なんだって!?それは本当なのか」

「あんまり言っちゃいけないみたいなんだけど、魔導師様が言っていたから多分間違いはないと思う。嘘だと思うなら自分で見に行くといいさ」

そしてケイは「このことは誰にも言わないでよ」と小声で言うと、魔導師の元へ駆け寄っていった。

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