19.Illi posädegiœ

教団員たちの歓喜の声はしばらく止まなかった。これほどまでに盛り上がっていることからして、余程念願のことだったのだろう。

しばらくして魔導師は、自分のそばにいる教団員たちに下がるよう促してから広場の横にある一つのビルの前まで行くとまだ熱気の冷めない観衆たちに向かって「諸君、静粛に!」と大きな声で言った。

魔導師は澄んだ声で「諸君、見ての通り私達の教団の歴史に大きな一歩が刻まれようとしている。これは私だけの力ではなく、ここにいる全員、教団員ひとりひとりが魔導石の名の下に全力で戦ってきた証だと思っている」

周りを見渡すと百人を優に超える教団員達が、彼女の演説に熱い視線を向けて聞き入り、中には涙を流している人もいた。

「ここに集まってくれたのは教団員の中でも一部。他の任務や止むを得ない都合でここに来れなかった者もいる中、ここへ来てこの歴史的瞬間を目の当たりにできたことは幸運だと思いなさい」

なんと、ここに集まっているだけでも教団員の一部らしい。どうりでサキは見当たらないわけだ。

「これを見なさい」

そう言って魔導師がビルの壁に手を当てると、今まで透明だったビルが眩く光り輝いた。よく見ると、その光っているものは大量の聖石プラーナだ。貯蔵庫なのだろうか。天まで伸びるほどの高層ビルの中に、聖石が数十メートルの高さまでうず高く詰込まれている。虹色に輝く一粒一粒の聖石の光が一つになって、金色に輝く塔のようになっている。

「なんども言っているように、この街は現世を生きる人々のために開かれるべきである。これからこの聖石を使って、ここに教団の新しい一大拠点を建設するわ。来るべき『天界革命』に備え、この教団をさらに大きく、強くしていくために皆で精進して行かねばならない。我が教団の魂よ。上方を向きなさい。我々の生きる道はますます輝きを増している。その意は鋭く、この天と地を揺るがすほどに光り輝いている!天を向きなさい!魂のフロンティアに平和の明かりを灯さんとする我々の血は焼けるように熱く、今や生きる人々の安寧が達成されようとしているのである!」

周りから大きな拍手が起きた。

Māsgaマースガ myāśnaミャーシュナ srakīkvastiスラキークヴァスティ thamāタマーdamavaダマヴァ miśpicitamāyaミシュピチタマーヤ!

Mūknaムークナ skarīnaスカリーナ chakīkvastiチャキークヴァスティ yamīヤミーdamavaダマヴァ yapritamāyaヤプリタマーヤ!」と、魔導師が大きな声で唱えると、周りの教団員達も同じく、

Māsgaマースガ myāśnaミャーシュナ srakīkvastiスラキークヴァスティ thamāタマーdamavaダマヴァ miśpicitamāyaミシュピチタマーヤ!

Mūknaムークナ skarīnaスカリーナ chakīkvastiチャキークヴァスティ yamīヤミーdamavaダマヴァ yapritamāyaヤプリタマーヤ!」と唱えた。

これは魔導石に『仮の帰依』を行い、加護を受ける、つまり魔導石を触媒とした呪文の行使を可能にするための呪文に出てくる一節だ。

こうやって祈りの言葉になると言うことは大事な意味があるのだろう。

大合唱が終わると教団員たちは少しずつその場を離れていった。

俺も帰ろうかと思ったが、一つ聞かなければならないことがあったのを思い出し、魔導師の元へ駆け寄った。

「あら、どうだったかしら」

「本当に凄かったです。ここまでとは」

「そう」

「あの、聞きたいことが……」

「何?」

「俺は今、魔導石への帰依ができていないし、仮の帰依の状態なのに教団の一員みたいな風にしていていいんでしょうか?それに魔導石も返さずに」

「いいのよ。そもそも信用ならない相手なら渡さないし、すぐに取り返すわ。でも、貴方は教団員のサキに仕える存在。帰依しなくても教団員として認めている状態なの」

「本当ですか」

「でもまだ仮の帰依の状態で、直接の帰依ができていないから、呪文は制限されるわ」

「やっぱりいずれは帰依し直さないと……」

「普通ならね」

「普通なら……?」

「まだ貴方の特性を伝えていなかったわね」

そこで、俺は自分の特性を魔導師から告げられた。俺は驚きを隠せなかった。

何か自分の想像していた『特性』というものとは違ったからだ。

もちろん、その『特性』というものは戦いにおける特性で、言わば『戦闘能力』のようなものであることは理解していたが、それにしても。

これは活かし方を考えないといけないかもしれない、と思った。

それから魔導師は「ここに来た方法は今までと違ったでしょう?いろんな行き来の仕方を覚えておいたほうがいいわ」と言った。

「いろんな行き来の仕方って」

「手を出しなさい」

俺は言われたように手を前に出した。

Khajī ariカジヤーリ

魔導師の声に合わせて俺の掌から青い火が上がった。手の上で燃えているのに、不思議と熱くはない。

「火を消して」

息を吹きかけて火を消すと、そこから細いクリスタルの棒が現れた。

「これは、鍵……?」

「正解。今の貴方のレベルだと、乗り物を出現させるくらいはできるわ。物質界に乗って行くこともできるわ」

これはいつもこの世界に来るためのドアを開けるために使う鍵だ。これまではマナに出してもらっていたが、自分で出すこともできるのか。

確かにサキも車を出現させたり、エンジンをかけるときにも同じような棒を使っている。ということは俺もこれで乗り物を出すことができるようになったということらしい。それに、物質界に持っていけるということは、今日この街に連れてこられた時のように、その乗り物を使ってこの世界に入ることができるということか。

「乗り物って何が出るんですか?免許持ってないんですけど」

「大丈夫よ。貴方はそこから出てきたものは直感で乗りこなすことができるのよ。それに操作できるものしか出てこないわ」

魔導師は「健闘を祈るわ」と言って去っていった。

魔導師を見送ったあと、俺はサキがそうしていたように、棒を空中でひらひらと動かしてみた。同時に、上手く行くようにと気持ちを込める。

すると、棒の先から金色の火花がサラサラと降り落ちてきた。

火花は空中を泳ぐようにしてひらひらと舞い、その軌跡から一台のバイクを作り出した。

「バイクか……どうやって運転するんだろ」

仕方がないのでとりあえずバイクに跨ってみる。するとどうだろう。なぜだか魔導師が言ったように運転できるような気がしてくる。

手に持った棒を見ると鍵の形になっていた。鍵口に差し込み捻ってみる。ブルンと車体が揺れてエンジンが動き出した。エンジンを吹かす。クラッチを入れる。ギアをローに。エンジンが動き出したその瞬間から、生まれながらにして備わっていた本能を思い出すように俺はバイクを操作して、気がつけば発車させていた。

なんだこれ……。アクセルを踏みながら不思議な気持ちに包まれる。まるで初めから知っていたかのような。



俺は自分が拉致された道順を辿るようにバイクを走らせた。現実世界の自分の家に着くころには夜になってしまっていた。

家に帰ってから、佐山のことを思い出した。

サキには断るように言われたけど……。

携帯を出して、そのことを連絡をしようと考えてみたが、あの日の佐山の顔がちらついてどうしてもできなかった。

そのままベットに転がり、気がつけば眠ってしまっていた。

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