14.Aklamat

今日はこの街にもいくらか風が吹いているようだった。冷たくも暖かくもないぬるい風が顔を撫でる。

街の向こうには光り輝く塔が群青色の空まで伸び、その光はガラス細工のようなビルを照らし、そのビルに囲まれるように白い靄が足元に広がる。

霧の戦場の周りは群衆が囲んでいる。

「おい、迎え入れの裁きだってよ。こんなでけえの久しぶりだな!」といった声が聞こえてくるあたり、皆俺の裁きを見にきているみたいだった。

マナが「準備はいい?」と聞いてきた。

「ダメでも戦わなくちゃいけないんだろ」

「まあそうだけど。じゃ始めるね」

マナはそう言ったあと、「それでは、裁きを開始します」と声高らかに宣言し、姿を消した。

後ろを振り向く。サキが長い髪を風になびかせる。

「いってくる」

「あ、普通は真正面から戦える相手しか出てこないはずだけど、あんまり飛び道具とか壁は使いすぎないようにね。オルゴンの消費が大きいから」

これはサキに教わった。炎の剣や壁を出現させるには、オルゴンエネルギーというのを使っているらしい。それが尽きれば終わりで、まともに戦いが続行できなくなってしまう。そしてそれはコトダマの霊の力を使った場合も同じだと。

「わかった」

俺は首からかけた魔導石を握り、意を決して戦場の中に足を進める。

それにしても、敵の姿が見えない。どんなやつが相手になるんだ……。

Srji imāsiスルジーマースィ……」

腰を屈め、剣を出現させる。戦場を見回すが敵らしき姿は見当たらない。

観衆たちも戸惑っているのかざわざわと声する。

「どこに隠れてんだ」群衆の中の一人が言った。

その時だった。

ボンと大きな音を立てて、戦場の真ん中に緑色の何かが生え上がった。

それは、双葉をつけた大きな草の芽だった。高さは俺の背丈の半分くらいか。

思わぬ姿に、俺は後ろを振り向く。

「サキ、これって……」

「はぁ、よかった。どんなのが来るかと思ったけど、これなら刈り取っちゃえば終わりだよ。動かないしね。早くやっちゃおう。育ったりしたら何するかわかんないし」

サキは安堵した表情でそう言った。

「そうか。わかった」

よかった、という気持ちが心に溢れた。どんな敵が来るかわからないからって、心配しすぎだったのかもしれない。

俺は草の芽の前まで駆け寄る。

観衆の中の一人が「なんだよ、期待して見に来たらつまんねーの」と呟いたのが聞こえた。

よし、これでいいんだな。

俺は手の先から伸びた剣を一気に双葉の根元に当てた。

ばさり、と音を立てて二枚の葉は戦場に落ちた。

これで終わりか、と思ったその時だった。

葉を落とした茎が一気に伸び、それと同時に幹からいくつもの枝を生やした。

枝の一本は俺の腹に当たり、激痛が走るのと同時に俺は突き飛ばされ、白い霧の上をずるずると滑った。

「痛ってぇ……」

俺が痛さにうずくまっていると、後ろから「避けて!」とサキの声がした。

前を向くと、大きな葉のようなものがフリスビーのように俺をめがけて飛んで来ていた。

Khapi imāsiカピーマースィ!!」

咄嗟にそう叫び、手を目の前に掲げる。

一瞬にして壁が組み上がり、葉は俺の目の前で壁に当たり、ドンと低い音を立てて弾けた。

しかしそれと同時に、また別の葉が飛んで来ていた。

見れば、その後ろからも葉が飛んで来ているのがわかる。

再び葉が壁に当たる。またドンと低い音を立てて弾ける。

壁がミシッと音を立てた。亀裂が入っている。この葉の攻撃を何度も受ければ壁が壊れてしまいそうだ。

壁を作り直しつつ、前に進んでいくしかないか。俺が歩を進めたその時、「待って!」とサキの声がした。

「近づいちゃダメ」

「なんで!?」

「本体に近づくと、あの葉っぱの攻撃力も高いかもしれないから。ここまで飛んできてるのは飛ぶのに力を使っているから壁に当たってもなんともないんだと思う」

そうなのか……。

しかし、このままでは相手に攻撃を与えることができない。

どうすれば……。

「サキ、どうすればいい?」

「飛んで隙を狙ったほうがいい。飛んで来る攻撃は飛び回ったほうが避けやすいから!」

「わかった!ありがとう、Bhāriva thapastamāyaバーリヴァタパスタマーヤ, ヴィー!!」

俺の体が上に向かって飛び上がる。

Sīhスィーハ!!」

静止の呪文を唱える。バランスをとりながら空中に留まる。

目の前からまた新しい葉がこちらに迫って来るのが見えた。

この状況、どうすればあのデカい草を倒せるのか。

近づけばあの葉にやられてしまう。

一応、こちらにも飛び道具がある。しかしオルゴンをあまり消費しすぎると失敗したときが怖い。そう考えると、壁を使うのも気が引ける。

つまり、葉を避けながらあの幹に切り込むしかない。

四方に動きながら幹の根元を目指そう。

怖いが、やるしかない。

息を吸い込み草の根元を睨む。

ヴィー!!」

体が上昇し、葉が足の下を飛んでいく。

Māyeマーイェー!!」、「Steステー!!」、「ヴィー!!」、「Steステー!!」、呪文の声に合わせて体が上に下に振り回される。

なるべくジグザグに動くことを意識しながら、必死に目標点を目で追いつづける。

草の幹の目の前まで来た。「Steステー!!」、剣の先端を幹の根元に向けながら一気に降下する。剣に衝撃が走る。勢い余って体が地面に叩きつけられる。思わず手放してしまいそうになるが、必死の思いで剣を握りしめる。

目を開く。

剣は幹を貫き通している。よかった。

すると、バサバサと音を立てて葉が落ちはじめた。

やったか……?

幹はしなり、弱っているように感じた。ならば、もう一度剣を。

Srji imāsiスルジーマースィ

必死に起き上がり、再び剣で幹に斬りかかろうとした時だった。

何かに手と足を取られた。見ると、草から伸びた太い蔓が俺の手足を縛り付けていた。

抵抗するが蔓の力が強く、そのまま地面に押さえつけられてしまう。

それと同時に街の向こうに見える光の塔の輝きが増した。

すると、草は光を受けるようにしてさらに育ち上がていく。

「クソっ……。またかよ……!」

このままやられてたまるか。

Srji imāsiスルジーマースィ

剣を出現させ、右手首を一気に回転させる。ジュッ、と音を立てて焦げた匂いがした。右手が自由になる。両足と左手の蔓を斬る。そのまま、そこから走り出す。足に何かが絡まる。蔓だった。

Bhāriva thapastamāyaバーリヴァタパスタマーヤ, ヴィー

転んだところで受け身を取り、そう唱えた。体が急上昇する。

蔓が追いかけてきているのが見える。

Khapi imāsiカピーマースィ

襲いかかる蔓は壁に衝突する。手を伸ばして剣先を蔓に向かって振り下ろす。

斬られた蔓が蒸発するように消えた。

危ないところだった……。息が上がっているのを感じる。

その時、何かがこちらに飛んで来るのを感じた。

葉だった。それは壁に当たるなり爆音とともに爆発した。

「壁がなくなっている……?」

俺を防いでいたはずの壁が一瞬にして破壊されていた。

クソっ……!さっきより威力が増しているじゃないか。

ギュルギュルと気持ちの悪い音が下から聞こえる。

目を向ける。今度は蔓が束になってこちらに俺のいるところまで昇ってきている。

Māyeマーイェー!!」

咄嗟に呪文を放つ。蔓と葉が追いかけてくる。

飛んでいる葉はさっきまで一直線に進むだけだったのに、今度は逃げても追跡して来るのか。

どうすれば……。

そうだ。追跡して来る葉をうまく躱して、蔓に当てれば……。

いやダメだ。呪文を唱えて飛び回るだけの今の俺にそこまで機敏な操作はできない。

くそっ。

Māyeマーイェー!!」、「Steステー!!」、「ヴィー!!」、「Steステー!!」、必死に呪文を唱え追ってくる蔓と葉を巻こうと試みる。

しかし、どんなに激しく動き回ってもそいつらは執拗に俺の後をついてくる。

後ろを振り向く。蔓と葉は俺のすぐ後ろまで迫ってきている。壁で防げるか……?

Sīhスィーハ, Khapi imāsiカピーマースィ!!」

身を翻して壁を蔓と葉に向ける。途端に、耳をつんざくほどの大きな爆発音がして壁が破壊された。その爆発に巻き込まれ俺は飛ばされた。熱風が全身を包む。「うわあぁぁっ!!」

焼ける痛みに思わず声が出る。

煙を風が流した。葉も蔓も無くなっている。一緒に爆発したらしい。火傷だろうか。全身がひりひりと痛む。

草を見ると、3メートルを超えるほどに大きく成長していた。

少し間が空いて、蔓と葉が草から放たれるのが見えた。

その時、あることを思いついた。

『蔓と葉を壁で防いで、爆発させてからあの呪文を唱えればダメージを与えられるんじゃないか?』

あの呪文。それは前に襲ってきた仮面にサキが繰り出したもの。

あの時、どこからともなく火が降り注ぎ、仮面が作り出した怪物は火だるまになった。

サキにはオルゴンを使いすぎるためにこの裁きでは使わないように言われていた。

でも、この状況では賭けに出るしかない!

ヴィー!!」、「Māyeマーイェー!!」、「Steステー!!」

詠唱には時間が少しかかる。より長い時間を稼ぐためには俺に襲いかかってくる葉を集め、より大きな爆発を起こす必要がある。

ヴィー!!」、「ヴィー!!」、「ヴィー!!」

俺はより高く飛び上がるように呪文を唱える。

うぅっ……。だんだんと体を倦怠感が包むのを感じる。オルゴンが切れてきたのか……?

ヴィー……」

息も絶え絶えに呪文を呟くも、これ以上高くは上がらない。

下を見ると、群衆も草も蟻のように小さくなっていた。

その上を大量の葉が、そしてその少し下で蔓が俺を追いかけてきている。

爆発を起こすためには、葉と蔓を同時に壁に当てる必要がある。

葉が俺の下、数メートルまで迫る。

Steステー!!」、「Steステー!!」、「Steステー!!」

重力よりもな何倍のスピードで体が下に引っ張られていく。地面がものすごい勢いで眼前に迫る。

あと少しでぶつかりそうなそんなところまで急降下し、「Māyeマーイェー!!」と叫んだ。

後ろには大量の葉と並走するように迫る蔦の束。よし!今だ!

Sīhスィーハ, Khapi imāsiカピーマースィ!!!」

途端に大きな炎が目の前で巻き上がった。身体が熱い煙に包まれる。火に包まれて全身に激痛が走る。「あっ……あああぁぁっ……」

思わず叫ぶも声が出ない。煙を吸い込んでしまった。

「すぃ、Sīhスィーハ……」

煤にまみれた顔を拭う。蔓と葉は消えていた。

よかった……。作戦は間違っていなかったようだ。あとはあの呪文を言うだけ……。首にかかった石を握りしめる。どうか上手くいってくれ……!

Māsna dhinrikvāstiマースナディンリクヴァースティ accīvaアッチーヴァ yacharetamāyaヤチャレータマーヤ!!」

すると、どこからともなく火の玉が降り注いだ。それとともに、身体に痛みが走る。

オルゴンが少なくなっているのか……?

必死に目を開けて草の姿を見る。火の玉は草の根元に命中したようだ。燃え上がり、草を焼いていく。それと同時に火の玉が草の葉や幹に当たっては炎を上げる。草は一瞬にして火だるまに包まれた。

はあ、良かった。気持ちが緩むのと同時に体が下へゆっくりと降下した。霧の地面に足がつくとすぐにへたり込んでしまった。

「サキ、これで終わりか?」

場外を振り向く。

「うん、多分さすがにこれ以上は……」

「いや、まだよ」

話を遮ったのは魔導師だった。

「あれを見なさい」

魔導師の指し示す方向を向く。燃え上がっていた草は葉と枝を全て落としたのにも関わらず、さらに大きく成長していた。大きさは数十メートルはあるだろうか。そしてその幹の先にはピンク色の巨大な蕾が成っていた。

「まずいわね。あれをすぐ落としなさい」

「あの、蕾……?」

まずいってどういうことだ。

「あの蕾が開いたら、何が起こるかわからない。問答無用で命を吸い取られる可能性があるわ」

「命を!?」

思わず声が上がった。

「蔓がきてる!!」

サキが叫んだ。目の前に新しい蔓が迫ってきていた。

Khapi imāsiカピーマースィ!!」

咄嗟に呪文を唱えた。

しかし、迫ってきた蔓は作り出した壁を殴りつけ、いとも簡単に壊してしまった。

蔓の先は人間の拳のような形になっているのが見えた。

「スルジィ……っ」

手足が掴まれる感覚がした。そのまま全身が持ち上げられる。

緑色の手が俺の手足を強く握りしめている。さっきとは違う。ただの蔓でしかなかった蔓が人間の手のように五本指で俺の手足をつかんでいるのだ。

「くそっ……くそっ……!」

必死にもがくが、手足の自由が完全に奪われていて全く動けない。手首をうご誘うにも指の先でがっちりとホールドされてしまっている。

最悪だ。倒そうとすればするほど、試してくるように大きく強くなっていく。

何もできない中、蕾がゆっくりと開いていくのが見える。

「琳乃介!花が開き始まってる!」

サキの声だ。そんなのわかってる。

でもどうすれば……。最後に残されたのは……。

俺の首からは魔導石がぶら下がっている。

どうにか呪文を使うとなると、またあの火玉を放つしかないか。

残りのオルゴンが心配だが。もうこれしか道は……。

その時、別の蔓が、その指が、俺の首から下がった魔導石を掴んだ。

「お、おい……やめろ。おい!」

思わず声が出る。

魔導石を取られたら、呪文を使うことができなくなってしまう。

その緑色の指は魔導石を、見せつけるようにゆっくりと持ち上げる。

その次の瞬間。

バキッバキッと無情な音がして、魔導石は割れるのが見えた。

そして、その指が動くのに合わせて魔導石がすり潰されていき、そこからキラキラと輝く粉が風に流されていく。

「や……やめっ……」

涙が溢れてきた。

なんでこんなことに……。

滲んだ目を瞑り、再び開く。

その向こうで、花が今にも満開になりそうになっていた。

俺の心を絶望と悔しさが包んでいく。

くそっ。くそっ!!頼む。頼む!俺はここまでやった!

どうにか助けてくれ。

この、この怪物を、やっつけろ!頼む!やってくれ!!!

Sūki!スーキ Sūki!スーキ Sūci kharastamāyaスーチカラスタマーヤ!!! 」

口から呪文が飛び出た。この呪文、どこかで聞いた覚えが。

次の瞬間、空から何か光るものが降ってきた。

それは、ものすごい速さで今にも咲こうとしている花の真ん中に命中した。

焼け爛れた鉄のように光る、円錐型のドリル。

「あの仮面のやつだ……」

花から動物の悲鳴のような音が響き渡った。

それと同時に俺の手を握る力が緩んだ。

Srji imāsiスルジーマースィ!!」

即座に叫び、手を振りほどいて蔓を斬る。

5本目の蔦が俺の目の前に迫る。

Khapi imāsiカピーマースィ!!」

ドンと低い音がした。壁は壊れていなかった。

前を見れば、ドリルに破壊されて花びらが散っていた。

今しかない。

Māsna dhinrikvāstiマースナディンリクヴァースティ accīvaアッチーヴァ yacharetamāyaヤチャレータマーヤ!!」

火の玉が草に襲いかかる。途端に草は燃え上がり、ドリルが草の根元まで突き刺した。

さらに大きな爆発が起き、煙が去ると草の姿は跡形も無く消えていた。

それと同時に足の下の霧が消え去るのがわかった。

「終わった……のか」

俺は地面に腕をついた。高熱を出した時みたいに頭が朦朧とする。息が苦しい。

目の前が歪んで見える。

「ねえ、聞こえますか?勝ったんだよ?」

マナの声か。

「ああ、よかった」

「返事ができてるね」

マナの声は頭の中にガンガンと響く。

「あなたは街に迎え入れられました。そこで、あなたはこの街の住人の誰かに帰依することができます。それはどんな高尚な霊でも大丈夫です」

そうか。

「おめでとう琳乃介!さあ、コトダマの霊に帰依するのよ」

ああ、コトダマの霊に帰依しなくちゃならないんだよな……。

「コト、コト……コトダマの……」

あぁ、意識が遠くてうまく言葉が出ない。これで最後だ。

歯を食いしばって息を吸い込む。



「……ん?」

気がつくと、俺は暗闇の中にいた。

「琳乃介。頑張ったね」

後ろから声がした。

振り向くと、そこには愛美がいた。

「愛美……?」

「『何しにきた』って顔してるね」

「ここはどこなんだよ」

愛美は質問に答えずにふふと笑う。

「魔導師が作り出したアレに帰依する気なの?」

「え……?」

愛美が右手を斜め前に上げた。

その手の先に魔導師の姿がぼんやりと浮かび上がった。

「琳乃介よ。私の言う通りコトダマの霊に帰依しなさい」

「魔導師なのか?ここは何なん……」

俺の声を遮るように魔導師が続ける。

「コトダマの霊は貴方を救う。私は絶対だ。信じなさい」

「あぁ、わかったよ。ここから出してくれ」

「琳乃介よ。貴方は私の、そしてコトダマの霊のしもべになりなさい」

しもべ……?何を言って」

「貴方の父親は貴方を見捨てた」

は……?なんで父さんのことを……。

「いいか、貴方はどこにも行くあてのない魂なのよ。私の言葉に従い、しもべとして戦い続けなさい」

「は……?」

「戦い続けるのよ。貴方の父親のように、貴方は戦い続けてこの街で死ぬ運命なのよ」

「俺は……この街に居続けたくなんかない。すぐ現実に戻って……」

「いいから、私の言うことを聞きなさい。現実を捨てるの。そして新しい世界を作るための布石になりなさい」

「なんで、そんなことをしなくちゃいけないんだ」

魔導師の横に、もう一人の人間が浮かび上がる。

「琳乃介くん。聞き分けなよ。魔導師もこう言っているんだ」

三島だった。

「琳乃介。君が本当に信用できるのは誰?」

愛美が静かに尋ねる。

「俺の……信用できる人……」

「琳乃介!行くよ!このまま終わってどうするの!」

サキの声だった。

「琳乃介。君が本当に信用できる人を選びなさい」

思えば、魔導師の指示とは言え、俺を最後まで鍛えてくれたのはサキだ。

サキは強情だ。面倒くさい。いつもなんか不満を言えばすぐに怒る。

しかし、魔導師や三島のような胡散臭い説教じゃない。

いつも本気でぶつかってきていた。

「本当に信用できる人……」

「それは?」

愛美の声は優しかった。

「それは……サキだ!」

「本当に?」

「本当にだ!」

「騙されていたとしても?」

「……それは辛いが……もうそれでもいい。仮にそれが嘘でも、実際に俺をここまで導いてくれた恩がある!」

「そう。じゃあ聞くけど、君が帰依したいのは……」

「サキだ!サキに帰依させてくれ!!」



そう叫んだ瞬間、一気に視界がひらけた。

アマガハラのビルの下。目の前にいるのは愛美ではなく、マナだった。

「わかりました。受け入れましょう!」

マナは声高らかにそう言った。

振り向くとサキが呆然と俺を見つめていた。

「あははははっ」

大きく笑い声をあげたのは魔導師だった。

「なるほど。やったのね、愛美。良いでしょう!その代わり、サキを第一の天使に任命する!」

魔導師は大きく叫んだ。

「うっ……」

ダメだ。目眩がする。

サキの呆気にとられている顔が歪んだ視界の中に見えた。

瞼が上がらない。もう……。

俺は膝から崩れ落ちた。

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