10.Fœrcbmesyri

あの戦いが終わってから、俺はサキの元へ通い詰めるようになった。あの変な世界から足を洗いたいという思いは変わらなかったけど、自分に迫る裁きの日まで準備をちゃんとしたいという気持ちが強くなったからだ。

もちろん、サキはいつも厳しいし、すぐ文句を言う。それにまだあんな仮面や怪物みたいなやつに今すぐ立ち向かえるかと言われればそうではない。でも、不本意ながら実戦に出たことによって裁きに対する恐怖心はいくらか消えたように感じた。

サキに聞いたが、呪文を使って攻撃しなければならないのはまだ魂のレベルが足りていないかららしい。確かにその通りで、サキは呪文を言わずとも超能力を操るかのように変幻自在の術を繰り出した。火を出したり、氷のバリアを張ったり、雷みたいに電撃を放つこともできた。

俺が一回サキの真似をして手から槍を出そうとしたとき、飛び出たいびつな形をした棒が部屋の棚に突き刺さり、中の食器を壊してしまったことがあった。サキには「もう二度と技は教えない」とまで言われたが、その時は街の菓子屋でサイケデリックな見た目をしたロールケーキを買って帰った。サキはぶつくさ言いながらそれを食べていたが、どうにか許してもらえたようなのでほっとした。それにしても、こんな黄泉の国にも菓子屋があるのかと驚いたのを覚えている。

街を歩けばバーやホテル、飲食店が立ち並んでいて、まるで東京の繁華街そのものだった。サキに聞けば「ここの層は次元が低いから映し鏡みたいになってるんだよ」とよくわからないことを言われた。サキはその辺詳しいのだろうけど、俺にとっては『層』とか『次元』とか言われてもちんぷんかんぷんなので、そのままわかったふりをして話を終えてしまった。

ともかく、そんな感じで俺はサキに戦い方を教わり、少しずつ戦い方がわかるようになっていった。

そんなこんなで順調に自分の裁きへの準備を整えてきたわけだけど、一つ問題があった。それは就活だ。

俺は今、競馬場にいる。



最終レース、買った馬券は3着3番ワンパレスキー、2着6番オーサムデイズ、1着7番キューマンの三連単。ワンパレスキーは今日の1番人気、オーサムデイズはそこそこだが持久力があるようだ。キューマンはその日の調子で結果が変わる番狂わせタイプだが、最近はあまり調子が良くないらしい。

……とここまではさっきネットで調べた情報だ。

しかしそんな情報は正直どうでもよかった。

今日は自分の『勘』がどこまで通用するのか確かめに来たのだから。

そうこうしているうちに馬が枠入りを終えた。

ゲートが開く。

怒号にも似た声援が場内に一気に湧き上がった。

まず初めに飛び出したのは最内枠1番のロイヤルタッチ、その後ろを2番タカキスワンプ、5番リバティプライムが追いかける。その後ろを一馬身差で追う7番キューマン、8番ウタノカミ、4番ベルティアが好位に付ける。

先頭から順に1コーナーに入っていく。1番のロイヤルタッチと2番タカキスワンプを尻目に5番リバティプライムが先頭に躍り出る。最後尾の6番オーサムデイズがここでぐいぐいと追い上げていき、8番ウタノカミと競り合いながら7番キューマンの横に出る。

2コーナーに差し掛かったあたりで7番キューマンが前に出る。8番ウタノカミ、4番ベルティアがその後ろに食らいつく。3頭は共に速度を上げながら先頭の1番のロイヤルタッチと2番タカキスワンプ、5番リバティプライムをさらりと抜いていく。

後ろの老人が「行けえーー!」「逃げ切れー!!」と声を枯らす勢いで怒鳴っている。

いいや、まだこれからだ。

直線に入る。7番キューマンがさらに追い上げを見せる。6番オーサムデイズを追い抜き、一馬身差でトップに躍り出る。ここで9番エクザメノートと競り合っていた3番ワンパレスキーも促されるように加速。そのまま中団を追い越し、2番手6番オーサムデイズを追っていた4番ベルティアの前に出て3番手に入る。



よし!ここまで全部予想通りだ。追い抜けオーサムデイズ。

このレースも当たれば今日の予想は全部的中したことになる。

その時、会場に大きな声が湧き上がった。

ん?どうした。

見ると、今まで後ろにいた9番エクザメノートがものすごい速さで中団の馬たちを追い抜き、先頭から四馬身差で4番ベルティアの横に付いた。

こんなの予想の範囲外だ。でも落ち着け。俺は1番から3番の馬を予想しただけだ。別にその後ろの順位がどうだろうと、この馬券が当たれば予想は的中したことになるわけだ。

そんな俺の気持ちをよそに、9番エクザメノートは4番ベルティアと6番オーサムデイズを追い越してしまう。

おい、嘘だろ……。



その光景と同時に、俺の脳裏にあの日の面接での問答がフラッシュバックした。

「建設業界の仕事をしているお父さんに憧れて志望されたとのことですが、差し支えなければどんなお仕事をされていたか教えていただけますか?」

「はい、父は施工管理の仕事をしていました。一番印象に残っているのは当時予算的にも工期的にも厳しいと言われていた新大手町タワーの建設だったと聞いております」

「……ほう。新大手町タワーですか」

白髪の面接官が眼鏡の裏で目を細めた。

「どうか……されましたか?」

「いえ、前回の面接官から佐藤さんのお父さんが日本にいないのは海外出張のためと聞いていましたが、当時新大手町タワーの建設に関わった企業で海外に拠点を置いている会社は無いと聞いていましてね」

「えっと……それは」

心臓がバクバクと高鳴るのを感じる。

「父は転職したんです。最近」

「そうなんですか。それで、どちらの国へ」

「えっと、アメリカ……だったような気がします」

「『気がする』?普通家族ならすぐわかると思いますが……」

「……アメリカです!父はアメリカで働いています」

「どちらの州ですか?」

「えっと……」

俺と面接官の間に沈黙が流れた。

「……わかりません。しばらく、連絡を取っていないもので」

「そいうですか、わかりました」

面接官は資料を机でトントンと揃えて「面接は以上です」と言った。

「……ありがとうございました」

そう言って部屋を出ようとするときに面接官が「こういうところで作り話は良くないと思いますよ」と言った。

「いや、ちが……」

俺の声に被せるように面接官は「結果はメールでお知らせします。では、退出してください」と言った。



未来のことはだいたい予測できるようになってきていた。だから面接の答え方も予知した質問だけ対策していた。

そしてその日からサキのところにも行かなくなってしまった。

自分の力を過信しすぎたか。

最終コーナーで9番エクザメノートは独走状態だった7番キューマンをあっさりと追い抜き、そのままゴールした。

観客から聞こえてくるのは驚きの声だった。こんな結果になるなんて誰も予想していなかったらしい。

まあいい。今日は他のレースでたっぷり儲けたんだ。

モヤモヤ渦巻く自分の感情を宥める。

力を私利私欲のために使うのは良くないとサキは言っていた。

ギャンブルしたなんて知れたら怒られるかな……



競馬場を出ると「いっぱい儲けたみたいだな」と誰かから声をかけられた。

男は茶髪でサングラスをかけ、パーカーとジーパンを身につけていた。

「俺だよ」

そう言って男はサングラスをずらす。三島だ。

「なんですか。別にいいでしょ」

「別に責めてるわけじゃないぜ?」

三島はにやりと笑うとポケットから札束を取り出した。

札束の一番上には9番の単勝券。

「で、いくら儲けたんだ?俺は十万」

「……十五万でした。4レース賭けて」

「おお、やるじゃないか」

「俺が言うのも変かも知れないですけど、ギャンブルなんてしていいんですか?」

「ははは、別に金のためじゃ無いさ。自分の力を判断するためにはこういう方法が丁度良い。君も同じ理由じゃないかな?」

「……さあどうですかね」

俺は目を逸らした。

「それはそうと」

三島が声色を変えた。

「サキちゃんが君のことを呼んでいる。最近急にサキちゃんのところに行かなくなったそうじゃないか」

「今は就活とか忙しくて……」

「忙しいならなんでこんなところに来ているんだ?」

「それは……」

「魔導師が会いたがっているらしい」

魔導師……?あの石を作っている例のやつか?

「魔導師が?なんで?」

「さあね。ただ」

三島が札束を天高く掲げる。

「彼女はなんでも知っている。君がよくわからなくて悶々としていることは直接聞いたほうがいい」

そしてその札束を宙に放り投げた。

「じゃあな」

風に舞う金に背を向けて三島は去っていった。

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