11.Illi systeme

家に帰り、俺はすぐに例の機械のスイッチを入れた。

「明かりを消してください」

一週間ぶりに聞く機械音声にはどこか懐かしさすら感じてしまう。

真昼間からあの世界に行くなんて初めてだな。

深呼吸をして、意識を集中させる。

機械の声に誘われるまま、気がつけば俺は群青色の空と透明なビル群の中にいた。

久しぶりの街の景色にどこか心を躍らせながらマナを呼び寄せる。

Māna arabaritamāyaマーナ アラバリタマーヤ

目の前に何者かが現れる。

「久しぶりー!」

現れたのはマナ……ではない。俺と同じくらいの背丈の女がそこに立っていた。

無駄に明るい声、赤い派手なドレスを身に纏い、首からは大きな宝石をぶら下げている。

その姿を目に収めるや否やこの街に連れ去られた最初の夜の記憶が蘇ってくる。

こいつは……。

「愛美か」

「おー覚えてたねー」

「マナを呼んだんだけど」

周りを見回すがマナらしき姿は無い。

「そんな顔しないでよー」

「急いでいるんだ」

俺が睨むと「まあまあ、ちょっと時間をおくれよ」と愛美はおどけながら答えた。

「君に会いたいって人が居たんだ」

愛美が嬉しそうにそう言って人差し指を下に向けた。愛美の足元へ視線を向けるとそこには知らないおっさんが転がっていた。

「君が、佐藤琳乃介くんかい?」

ヨレヨレの緑のスーツに痩せこけた頰のおっさんは地面に這いずりながらそう呟き、弱々しく俺を見つめる。

「じゃ、あとはよろしくねー」

「って、おい!」

俺が引き止める間も無く愛美は姿を消してしまった。

くそ、こんな急いでる時に。

「何の用ですか?」

「君に折り入って頼みがあるんだ」

「ちょちょっと、なんですか」

「説明したいところだが、今私は時間がない。あっちに戻ったらここに連絡してほしい!」

時間がないのは俺も同じだし、人を呼びつけておいてそれは何なんだと言い返したくなったが、おっさんがあまりに必死に手を伸ばして白い紙片を渡してくるので、とりあえずそれを受け取った。

「株式会社 Cüreateキュリエイト 代表 佐山さやま研二けんじ……?」

それは名刺だった。会社名と名前の下に住所と電話番号が書いてある。

「ああそうだ。港区のオフィスに事務所を構えている。どうか、頼むから!話だけでも!!」

そう言って名刺を受け取った俺の腕に泣きついてくるので「わ、わかりましたから」と引き離し、「ここに連絡すればいいんですか?」と電話番号を指した。

「あぁ、メールはもう使えないから、電話で頼む」

おっさんの目は真剣だった。

「あの、俺、多分なんのお役にも立てないと思いますけど」

そう告げると再び、「頼む!話だけでも!頼りになるのは君しか居ないんだ!」と言いながらも腕にしがみついてくるので「わかった、わかりましたから!」と言って手を取った。

「俺も急いでるんで」

「そうか、すまない」

おっさんはその場で仰向けになり汗ばんだ額をハンカチで拭った。

「すまないが……帰り方を教えてくれないか?」

仕方がないので、俺がマナを呼んでおっさんを帰らせた。マナが黒い穴を開けてその中におっさんを手荒に突っ込み、野太い悲鳴を響かせて穴は閉じた。

なんだったんだ。というか大丈夫なのか?あのおっさん……。

いや、人の心配をしている暇はない。そうだ、サキに会わないと。

もう一度マナを呼ぼうとしたとき、目の前にサキが現れた。

「なに油売ってんの!?」

「いや、油売ってたわけじゃ……」

「魔道士様が待ってるんだから、早くして!」

サキは宝石を持った手をひらひらと空中で振る。そこから飛び出た砂金みたいな火花が舞い上がって車を組み上げる。

「魔導師はなんのために俺を呼んでるの?」

「わからない。でも君みたいな街に向かい入れられる前の魂を呼び寄せるってことは、とても大事なことを伝えたいんだと思う」

「大事なこと……」

「そう。だから早く来てほしかったのに!」

サキの目が怒っている。まあそりゃそうか。

「……ごめん。ちょっと急に変なのに絡まれてて……」

「……まぁいいけど。急ぐよ」

サキと俺は車に乗り込んだ。



俺たちの乗った車は、天まで伸びるような高いビルの前で停まった。

「ここ」

俺と一緒に車を降りたサキは首にぶら下がった石を振り動かして車を消し、そのままその石で目の前のドアをなぞった。

ドアは最初から無かったかのように消え去り、その奥に通路が現れた。

「いくよ」

「うん」

話にしか聞いていなかったあの魔導師にいざ会うとなると急に緊張してきた。俺はサキに置いていかれないように足を動かす。

黒光りする壁と床に囲まれた通路を進むと、突き当りにエレベーターがあった。

中に入ると1階から10階までのボタンがあり、サキが4階、2階、6階、2階、10階のボタンを次々に押した。最後に1階のボタンを押すと、エレベーターがガコンと重い音を立てて上へ動き出した。



チン、と短い音を立ててドアが開く。

ドアの外には白い壁に囲まれた部屋があった。

「ここが魔導師の部屋?」

「うん」

サキは正面の壁まで歩き手をかざす。それと同時に「入りなさい」と壁の奥から声がする。壁は瞬く間に消え、その向こうにオフィスビルの一室くらいの部屋が現れた。部屋の中心には、インテリアにしては大きすぎるくらい巨大な白く光る玉が置かれていた。

「魔導師様、遅くなってすみません」

サキが頭を下げたので俺も真似るように頭を下げた。

顔を上げると白い玉の向こうから一人の女性が現れた。

なんだ、魔導師って言うから勝手に男を想像していたけど、女の人だったのか。

「いいでしょう」そう言いながら魔導師は俺の目の前まで来ると手のひらを差し出したので俺も手を差し出して握手に応じる。

「佐藤琳乃介くん、と言ったわね」

「あ、はい。そうです」

「競馬は儲かったかしら?」

その言葉を聞くなりサキが「競馬……?」と怪訝な目を俺に向けた。

「えっ!?……いや、あの、あれは運試しというか実力試しというか。儲けたいとかそういうつもりじゃなくて……」と、俺がしどろもどろにサキと魔導師に交互に目配せをしつつ弁明をすると、魔導師は「あははっ」と笑った。

「サキ、ちょっと二人にさせてくれる?」

サキは何か言いたげな顔をしていたが、魔導師の言葉に従って部屋を出ていった。

部屋には俺と魔導師、そして得体の知れない白い光る玉だけになった。

「これ、なんだと思う?」

魔導師は白いたまに視線を向ける。

「……すみません、全くわかりません。この世界のものは何もかも僕にとっては意味不明で」

「そう。これはコトダマの霊よ。聞いたことはあるでしょう?」

「……これがコトダマの霊?」

コトダマの霊?これが……?こんな蛍光灯みたいな色で光っている玉がコトダマの霊……?

魔導師はまるでこの反応をわかっていたかのように笑みを浮かべた。

「そうよ。驚いた?」

「……ええ。こんな姿だったとは」

「佐藤くん。サキに助けてもらったとき、『コトダマの霊』って聞いたときは何を浮かべた?」

「えっ、俺がサキに助けてもらったことをなんで知っているんですか?」

魔導師は笑みを崩さずに俺の目をまっすぐに見つめた。

「私が差し向けたのよ。貴方を助けるためにね」

自分がこの目の前の白衣の女性に手のひらで踊らされているような気分になって体が硬直する。

「驚いたかしら?貴方は私にとって希望の光よ」

「どういうことですか?」

魔導師は黙ったまま顔を背けた。

「今日呼んだ理由を教えるわ」

今日俺を呼んだ理由?それは俺が一番聞きたいことだ。

「それはね、貴方の裁きについてなの」

「俺の裁き?」

「そう。裁きについては聞いてるかしら?」

「はい。サキからは」

「あの子、ちゃんと伝えられているのかしらね?」

「サキからは、その裁きに勝てなければ消されてしまうと聞いています」

「それはそうね。で、ちゃんと準備はしているかしら」

「……正直、ちゃんと戦えるか自信があるかというと微妙ですが……」

「まあ、最初の裁きから上手く戦える人なんていないわ。でも、サキは厳しいのね」

魔導師は顔に笑みを浮かべたままだ。

「ええまあ、はい、でも僕自身このままではという気もあって」

「いいことよ。裁きを軽く考えているよりは」

「そうですか……」

確かにそうかもしれないが、『消される』なんて聞いて軽く考える方が難しいとも思った。

「サキは焦っているのよ。貴方を勝たせるために」

「サキが……?」

「そうよ。私はサキに貴方を絶対に勝たせるように強く言ってあるの」

「そうなんですか……」

そういえばサキも言っていた。魔導師に言われて俺を守護していると。

「で、どうなのかしら?裁きにはもう挑めそう?」

「それは……。一応一通りの武器の出し方だったり呪文の使い方はサキに教わりましたが……」

正直、この状態で見ず知らずの相手と戦えと言われると自信がない。

「最近この街にも顔を出してなかったそうじゃない?サキに聞いたわよ」

「それは……」

「ダメねえ。裁きまであと三日だというのに」

魔導師が不意に発したその言葉に体が硬直するのを感じた。

「裁きが、あと三日……?」

「そうよ。この街の欠員候補が決まったの」

「そんな……」

「だからちゃんと自覚を持ちなさいってサキも言っていたでしょう?」

「でも、あと三日だなんて」

「あと三日もあるの。サキに最後の手ほどきを受けなさい」

「三日でどうやって」

「サキから戦い方をたくさん教わったでしょう?それをちゃんと使えるようにするの。あと、三日っていうのはこの世界での三日という意味だから」

「……どういうことですか?」

「アストラル、つまりこの世界は物質界、つまり現実の世界とは時間の流れが少し違うのよ」

「……じゃ、裁きの日までの現実での時間は三日より長いってことですか?」

「多分ね。最近はアストラルの時間の流れは遅いみたいだから」

「そうか、そしたら裁きの前までにサキにまた戦い方を教わって……ってあれ?」

「この世界に来たら普通に三日後に裁きがきちゃうわよ」

ふふふと魔導師が笑った。

「え……じゃあ意味なくないですか?」

「貴方は『コトダマの霊』の力を借りることができるようになっているのよ?」

魔導師は再びコトダマの霊を一瞥すると、一冊の本を取り出して表紙を見せた。

「呪文の書」

「貴方は呪文を使えるの。そして呪文とその行使の仕方は別に物質界でも学ぶことができる」

「なるほど。それで短い時間でも戦い方をより身につけられると」

「そうよ。だからまだ時間はあるわ」

「よかった……」

安堵したのと同時に気になっていた疑問を魔導師にぶつけたくなった。

「あの、一つ聞きたいんですが」

「何?」

「なんでこの世界に来ると裁きを受けなきゃいけないんでしょうか?その裁きの前と後で何が変わるかもわからないですし」

「初めの裁きはこの街が貴方を住人として認めるためのもの。誰もがこの街にずっといられるわけじゃないの」

「そうなんですか」

「このアストラルに住めるのはね、善いことを為したり、人から敬われたりしている魂だけなの。つまり徳が高いということね」

「徳……」

「そう、物質界では目に見えない徳の差が、このアストラルでは見た目や力の強さに歴然と現れる。だから裁きをしてこの世界に見合う徳の高さかどうかを調べるの」

「そんな、わざわざ戦わなくちゃいけないんですか?」

「それがこの街のしくみだから。それは誰にも変えられない」

「そうなんですか……」

「で、今の貴方はこの街に迷い込んでいるだけでしかない。だから裁きで勝って、認められて、初めてこの街の一人の住人となるの。そして、今はサキの力を間借りして使っているこの『コトダマの霊』の力も、『コトダマの霊』へ帰依することで本当の意味で使えるようになるのよ」

「帰依……?」

「そう。裁きが終わったら自分が帰依する魂を選ぶことができる。もちろん誰も選ばなかったり他の高位の霊を選んだりしてもいいけど、おすすめしないわ。貴方みたいな弱い魂が一匹狼で過ごすにはこの世界は過酷すぎるし、コトダマの霊は物質界からの来訪者が守られやすいように作ってあるの。呪文とかがそうね」

「えっ、コトダマの霊ってあなたが作ったんですか?」

「まあ、作ったというよりかは育てたという方が正しいかもしれないわ。あ、そうそう、裁きに勝てば貴方の特性がわかるようになるわよ」

「特性……?」

「特性のことは裁きが終わってからでいいわ。ま、要するに裁きに勝てば本当の意味で仮でアセンションしている今の君が次元を上昇させてこの世界の住人になれるってことよ」

「この世界の住人になるために必要なことなのはわかりました。でも、その『次元』というやつがわかりません」

すると魔導師は水晶玉を取り出して手のひらの上に乗せた。水晶玉は独りでに浮かび上がり、俺の目の前で静止した。

「それを掴みとってみなさい」

俺はよくわからないままにその水晶玉を掴んだ。

「それが次元よ」

「えっ?」

「もし貴方が二次元の絵の中にいたらその玉は掴み取ることはできなかったわ。だって手を伸ばせないもの。でも、貴方は三次元に干渉できるから前に手を伸ばしてそれを掴むことができた」

「……まあ、そうですね」

「それが四次元だったらどう?」

「四次元?」

「この街にアセンションできると運が良くなるとか、願いが叶うとか言われるのよ。なぜだかわかる?」

「いや、全く」

「運なんてものは結果論でしかないの。過去から連綿と引き継がれて来た因果がたまたまそうなっただけのこと。それを操るってことは」

「過去を変えてしまっている……?」

「正解よ。アセンションして干渉できるようになる4つ目の次元は時間。つまり貴方は過去や未来に干渉して自分の思うようにできるってこと」

「そういうことだったんですか」

「でもね、限界があるの。たとえば貴方が水晶を取る前に誰かが横取りしたり、そもそも水晶が貴方の手の届かないところにあれば貴方はそれを掴み取ることはできない。つまり、私たちは現在から近い過去しか変えられないし、誰かが干渉してきたら思うようにいかないこともある」

「そんなに頻繁に過去が変わったら滅茶苦茶にならないですか?」

「そのためにこのアマガハラみたいな街が存在して、マナがそれを動かしているの。力を与えるべき善良な魂をアセンションさせ、彼らに秩序を維持させてこの世界を安定させる。貴方も早くこの街の住人として、この偉大な魂たちに肩を並べられるようになりなさい」

タイムリミットはこの街の時間で三日後。でも。

「わかりました。もう一つ聞きたいんですが、この街の時間で三日経ったら強制的に連れて行かれてしまうんですか?」

もう愛美やマナみたいに手荒に連れて来られるなんて嫌だ。

「いい質問ね。渡そうと思ってたものがあるの」

そう言って魔導師は部屋の奥に行くと、壁を撫でた。すると壁の撫でた部分に丸い穴が空き、そこから何やら透明の球みたいなものが転がり落ちてきた。

魔導師はそれを掴み取るとそこで手を離した。透明の球は空中で静止し、転がるように俺の目の前まで移動した。

「それをあげるわ」

「水晶ですか?」

「そう。私たちのメンバーになったら渡している特殊な処理を施した水晶よ。本当はメンバー入りしてから渡すのが筋だけど、貴方はメンバーになる予定者ということで特別に許可するわ」

「どうやって使うんです?」

「念で操作するの。マナを呼ぶときみたいにね。貴方が見たいものを貴方がみたい形で見れるわ」

念で……

試しに『時間を表示しろ』と心の中で念じてみる。

すると水晶の上にホログラムでデジタル数字が現れた。

『9日 AM6:13』

この表示どこかで見た覚えがあるな。

「どう?これで時間の見方はわかった?」

「はい。ありがとうございます」

「詳しい使い方はサキに聞いてね。じゃ、次会う時を楽しみにしているわ」

俺は魔導師に再度お礼を告げて部屋を出た。

部屋の外にはサキがいた。

「何の話だったの?」

「俺の裁きが三日後だって」

「三日後!?」

「うん、だからそれまでに呪文を覚えとけって」

「まあ、それしかないね。最近はアマガハラの時間は遅いみたいだし」

チンと音が鳴る。エレベーターが着いたようだ。

「ところで、競馬ってどういうこと?」

「あー……」

サキの目が光る。

なんか何を言っても怒られそうな気がした。

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