8.La logusist
わたしはビルの最上階にいた。白い壁に囲まれた部屋に一つだけ窓があって、外の様子を透けさせている。藍色に染まった街に浮かぶ夜景が、現世にいた頃を思い出させて少しだけ胸を締め付ける。わたしは壁に手をかざす。
中から「入りなさい」と声がする。そしていつものように壁が消えた。
目の前に部屋が現れる。その中心には大きな丸い宝玉。まるで宇宙の彼方に浮かぶ巨大な恒星のように、白い光の渦を巻きながら部屋を照らしている。
部屋の奥の窓際のテーブルで、魔導師様がガラス管に入った黄色いエリクシルの液体をビーカーに注ぎ込んでいた。
「調子はどう?」
「やっぱり佐藤は特別大きな力を持っているとは思いません。具現化も人並みかと」
「そう、他には?」
彼女は青のエリクシルが入ったガラス管を石の明かりに透かしながら言う。
「……まぁ飲み込みは早い感じがします。炎も素人にしては強かったですかね」
魔導師様は金色の匙をビーカーの中でクルクルと回した。中のラメみたいな粒がキラキラと舞いながら、液体はゆっくりと粘性を帯びていく。
「ですが、特段才能があるとはようには見えません」
そう言いながらビーカーの中でべっとりと固まった薬を匙で掬い、小さなガラス管の中に入れる。魔導師様が蓋を締めて小刻みに振ると、その薬は再び液状化して青白い光を放った。
「彼を育てたところで、果たして使い物になるのか……。魔導師様が思い入れる理由がよくわかりません」
光の塊を手に持って彼女が振り返った。
眩しくて思わず手で顔を覆い隠す。
ガラス管の明かりに照らされた魔導師様の顔はとても美しかった。
正しいものは強く、美しい。それがこの世界の全てであり真理なのだ。全てのものは天の意思を成し遂げるために存在していて、その役目を全うしていくほどにそれはより正しい存在になれる。それは現世で語られるようなオカルトじみた説教ではなく、単なる事実としてこの世界を流れている。つまり、『正しいこと』はこの世界で生きていくのに有利なことなのだ。戦いの時にも、誰かと会うときにも、何かを手に入れたり、社交関係を気づく上でもこの世界で生活する全ての場面において、その論理は強く肯定される。正しくないものは見窄らしい。人からは相手にすらされない。
「言ったでしょう?貴女の使命は彼を育てることだと」
魔導師様の立っている後ろの窓から街が見えた。いつもと変わらない、群青色の街。
「サキ、貴女は勘違いをしているわ。彼を利用するとか、手下に添えるとか、そういう
わたしははっとした。確かに魔導師様からは『佐藤を育ててほしい』としか言われていない。しかし、それと同時に一つの疑問が浮かんでくる。
「では、なぜ彼をこの街に迎え入れさせる必要があるのでしょうか。他の来訪者とくらべて手厚すぎだと思います」
「そうかしら?仮にそうだとしても、今は彼を育てることに専念しなさい。あなたの役目を全うするの」
彼女はガラス管の蓋を開け、中のゲル状になったエリクシルを筆につける。
「はい、わかりました……」
そして白い紙におそらくは呪文と思われる言葉をすらすらと書き、できた呪符を光る玉へ貼り付けた。
「あの、お願いが」
「なに?」
魔導師様がこちらを向く。
「もし、佐藤が一人前になったら、わたしをクリスタルチルドレンに入れてもらえないですか?」
彼女は困ったような顔をした。
「考えてはいるけど、難しいわね」
思わず「そんな!」と口走りそうになるわたしに言葉を包み被せるように、彼女は続ける。
「貴女はもう亡くなっているの。でもわたし達がしているのは『生きている人々の力で生きている人々を守ること』。貴女をクリスタルチルドレンとして認めてしまえば他のメンバーに示しがつかないわ」
そこまでして掟を守らなくていいのに、と心の中で呟く。
「でも、わたしは、ずっと奉仕してきました!魔導師様たちの活動のために。それもこれも、全部無駄になってしまうのですか?」
「言ってるでしょう?私たちがやっていることは、上に上がるから偉いとか、何かの褒美でポジションが与えられるとかではないの。貴女も私たちの活動に純粋に共感をして加わってくれたわけでしょう?初心を忘れないこと。」
「でも……そんなのって辛すぎます」
「大丈夫」
魔導師様はポケットから透き通った青の
石は独りでに手から離れ、宝玉の周りを彗星のように飛びながらわたしのところまで来たので、わたしはとっさにそれを掴み取った。
「貴女の一番好きな味がするわ」
魔導師様はそう言いながら手に持った大きな水晶を宝玉に翳して目を凝らしている。
「あの……」
「わかってる。もし貴女が今の役目を終えたとき、クリスタルとは別の形で、酬う方法を考えているところなの。貴女の努力を無下にはしないわ」
「本当ですか……?」
「もちろん。私が約束を破ったことある?」
「いえ……」
「なら、私を信じなさい。」
「わかりました」
クリスタルにはなれない。でも、何かしらの形で答えてくれると魔導師様は言っている。
「それと、貴女には今すぐにやらなければいけないことがあるわ」
魔導師様は水晶を持っていた手を緩めた。
手から転がり出た水晶は、宙に浮かびながら、宝玉の周りを惑星のようにゆっくりと公転し、わたしの目の前で止まった。
水晶に映っていたのはどこかの結界の中の光景だった。それも裁きの真っ最中。ボロボロの男が天に手を掲げ何かを叫んでいる。
「佐藤……」
「貴女は守護者。するべきことはわかるわね?」
息を吸う。青の
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