5月7日 19:35

「…っぷは。あーおいし。」

ごくっ、と音が聞こえそうなほど豪快に、ういが缶チューハイを煽る。テーブルにはギョーザやらエビチリやら生春巻やら、色とりどりの中華料理が並ぶ。初は昔から料理上手だったので、豪勢に見えるこれらの料理さえ、簡単に作ってしまう。

お酒の飲み方がややオヤジくさいのが玉にきずだ。

「気になってるんだけど…会社の飲み会とかでもそんな感じなの?その、飲み方とか。」

「会社の飲みではあんまり飲まないかなぁ。『お酒はたしなむ程度なので』って言って逃げちゃう。会社では『ビール1杯で顔を真っ赤にしちゃうか弱い乙女』で通ってるのよ。」

普段のパーソナリティからかけ離れすぎだ。あまりに盛りすぎていて、もはや嘘といえる。

「何で隠してんの?そうやって、おっさんぽくお酒飲むの。」

「あのね。会社の飲み会ってのは業務の一環なの。これまでの労をねぎらったり、これから協業していくメンバーとのコミュニケーションを円滑にするための『打ち合わせ』の一つといえるわけ。そんなとこで素を出すわけないでしょ?伊織いおりは取引先との打ち合わせで『この仕様マジでクソだわ~』とか言う?」

「口が裂けても言わない、いや、言えない。」

「でしょ?でも、家では『あのプロジェクトマジでクソでさ~』とか言うわけじゃん。同じことよ。」

そういってまた缶チューハイに口をつけ、生春巻をパクリ。自分で作ったものに対しうまいうまいと繰り返す。さっきの例え話はなんか釈然としないが、筋は通っているような気がした。

「そんなに普段と仕事場でギャップがあるんなら、言えないね、僕たちのこと。」

ちょっと気になったので聞いてみた。リビングでさっきから流れるテレビのニュースは、地域の話題として、日本各地の自治体がやっている「パートナーシップ制度」を報じていた。初と話していても、ついつい目がニュースキャスターの方に向いてしまう。


同性の恋愛…最近ではリアル(BLとかGLとか、創作の話はまた別だ。)でも認められつつある。法整備にはいかないまでも、地方自治体の条例なんかで、同性カップルを支援する方法が生まれ始めている。でも、それはあくまで「社会的なルール」の話だ。もし職場の同僚がレズビアンだったら…どう接していいかわからない、そういう人も多いのではないだろうか。実際に、僕も…うん、ういのことを同僚に説明するのは難しいと思う。もしかしたら、できないかもしれない。


「なんで?関係ないでしょ、そんなの。」

エビチリをスプーンですくう手を止めず、初が返す。

「公私でパーソナリティが違うのは当たり前でしょ。さっきの話だって、仕事が絡まないような同僚との飲み会なら、私は普段通り飲むよ?会社での飲みは仕事と割り切ってやってる、ってだけで。」

「そう…なのかな?」

「ウチの部長も職場でキレたら怖いけど、家では普通のパパだって奥さん言ってたし、経理のパートさんなんか、普段はバリバリ仕事して定時キッカリに帰るような真面目系だけど、土日はいまでもV系のバンギャやってる、って言うし。その話をランチの時にしたら、ガッツリV系バンドをプレゼンされちゃったなぁ。」

あはは、と笑いながらすくったエビチリをご飯の上に載せていく。そのまま豪快に混ぜはじめた。白いご飯がチリソースの色に染まっていく。

「まぁ、公私の違いを理解したりすることと、私たちみたいなマイノリティを認めることはちょっと違うとは思うけど。でも、そんな話を拒絶するような頭の固い人たちじゃないと思うし。私は何とかなると思ってるよ?」

「そっか。」

「なぁに~?もしかしてー、結婚とかを考えてくれてるの~?」

「いや、そうじゃなくて!ういの肩身が狭かったりしないかなと思って!」

「だから、こうして『もし結婚を発表して、愛する初が職場でセクハラを受けたらどうしよう?』って心配してくれてるんでしょ?」

「別に結婚に限った話じゃないでしょ!付き合ってるってバレたら…って思うと。」

「女なのに男気あるな~!会社に乗り込んできてくれるの待ってるね!『才田初さいたういは僕が守ります!』とかってさ~!カッコいいー!」

「妄想膨らませんな!」

ひゅーひゅー、と茶化す初にツッコミを入れながら、変な汗が出た気がして額をぬぐう。どうやら彼女は少し酔っているようだ。やたらとテンションが上がってきている。

「そもそも、女同士では結婚はできないんだから。パートナーシップってあくまで『渋谷区が認めます』とかって話だけでしょ?」

取り繕うように、ニュースの話題に話を戻す僕。

「確かにね。まぁそういう話は今じゃなくてもいいかな。もしかしたら法律も変わるかもしれないし。現状じゃ、パートナーシップ制度のために引っ越ししなきゃだもんなー。」

パートナーシップ制度は、現状では「二人のどちらかが、その自治体に住んでいる」ことが条件であることが多い。二人とも今の場所で仕事を抱えているから、おいそれとは移住できないだろう。しかも制度をやっている自治体が結構遠い。なかなか現実的ではないのかもしれない。

「だからー。私は今の生活で大満足だよー?伊織ちゃーん」

火照った顔をこちらに突き出しながら、僕にウインクを飛ばしてくる。

「う…僕も大満足ですよ…」

ド直球の愛情表現に目をそらしては、何とかボソボソと返す言葉を発する。

付き合ってから2年くらいたつけど、まだまだこういうのは苦手だ。

「えー?聞こえないなー?満足なの?幸せなの?どうなのー?」

初が酔っ払い特有のねちっこさで、からんでくる。これは旗色が悪い。

「はいはい、満足満足!ごちそうさま!」

ここは撤退とばかりに、僕は席を立つ。テーブルでは、最後に残った生春巻が初により取り上げられたところだった。

「も…ひょっと!?ひゃんと言ってよ!ねー伊織?」

もがもがと生春巻を含んだ口で異論を述べながら、追いすがるように立ち上がる初。気にも留めず、僕は食器を下げてはキッチンへ向かう。


テレビでは、明日の関東の天気が曇りのち晴れだと伝えていた。





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