貴女の瞳に映る私は
あらた暁
5月7日 15:23
「はぁ〜、憂鬱だわ」
二人だけのリビング、時計を見て、僕は声を上げてしまった。
「なにがよ…平凡な連休の昼下がりでしょ?何が嫌でため息つかなきゃならないのよ。」
リビングに横たわるソファ、その上でごろごろとスマホをいじっていた
「もう3時回ってんじゃん。あと9時間もすれば、日付も変わるわけ。わかる?」
「そりゃそうよね。だから?」
「もう今日が終わっちゃうわけよ。この、大事な、日曜日が!憂鬱にもなるでしょ!?」
「んー。だから?」
初のそっけない、というよりこちらを煽っているとしか思えない態度に、意趣返しとばかりに、ダイニングチェアに置かれていたクッションをソファに向かって投げつける。
「だーかーらー!ゴールデンウィークが終わっちゃうって言ってんの!明日から仕事!出勤!だらだらしてた連休の強制終了に伴って、7月まで連休のないデスマーチが開幕すんの!」
腹部にクリーンヒットした(といっても痛くもなんともないだろう)クッションを掴み上げ、枕がわりにすると、初は何事もなかったかのようにスマホ操作に戻っていく。
「まー
あんた絶対言いたいことわかってないよ!
「でもさー、万物には終わりがあるわけ。それは連休も然りよ。その終わりを噛み締めながら、明日への英気をこうやって養う。それこそが、社畜戦士の休日じゃない?」
ようやくちらりとこちらを見る初。やや、どやぁ、感がある。まったく…丸の内のバリキャリと、連休明けに炎上プロジェクトのディレクターやることが決まってるエンジニアを一緒にしないでほしい。
「逆にさ…」
初が唐突に切り返してくる。
「伊織の連休は、憂鬱しかなかったのかなー?2人でいろいろ行ったよね?ショッピングもそうだし、熱海に泊まりも行ったじゃん?そういうのもぜんぶコミで、憂鬱だわー、とか言ってんの?」
「いや、そういうわけじゃ…」
「私はさ…この連休結構楽しかったよ?冬の時期も伊織が忙しかったから、全然一緒にいられなかったし…その分、休みに一緒にいられたり、私が月初だから忙しいー、って出勤しても、家でご飯作って待ってくれてたでしょ?そういうのも…わたしは、嬉しかったなぁ…」
わたしは、とあえて強調しながら、枕にしていたクッションを口元で抱きしめてこちらを見る…この女、僕を泣き落としにかかっている…!
「や、それはさ?嬉しかったよ、もちろん。2人でゆっくり過ごせて。」
しどろもどろで返す僕。
「本当に〜…?」
やや上目遣いで聞いてくる初。
「それはもう、本当に。」
立ち上がりソファの前で跪き、真剣に返す僕。
「ふふ…よかった…」
屈託なく笑みをこぼす初を見れば、なんだか愛おしくなって、初の頬に手を伸ばす。初は僕の手に自分の手を重ねて、ゆっくりと僕の指先を握った。
「熱海のさ…あの旅館の女将さん、ちょっとびっくりしてなかった?私たち二人のこと。」
「そう?普通に友達で温泉旅行、とか思ってたんじゃない?そんなに違和感とかもなかったし。」
ソファ横に僕が座ると、初が話し始めたのは、連休の前半、二人で泊まりに行った熱海の温泉旅館のことだった。
「でもさ…あの部屋、思ったよりその…アレだったじゃない?」
「何さ、アレって。」
初はちょっとニヤつきながら、遠回しに言う。
「部屋にお風呂が二つもついててさ、そのうち一つは露天風呂でしょ?しかも和室なのにベッドがあって、キングサイズなの。明らかにさ…ラブホテル感出てたよね?」
確かに僕も部屋に入ったときは驚いたけど。
「いや、部屋付露天風呂の宿がいいって言ったのは
「それはわかってるよ?でも、あの大きいベッドは予想外じゃない?さすがに気になって後で調べたわけよ。旅館の名前で検索してさ。そしたら…明らかに
盛ったカップルって。もうちょっと言い回しを考えてほしい。
「『彼といちゃいちゃできてよかったです!』とか『露天風呂で…(赤面)』とか、『女将さんも温かい目で見てくれた』みたいな投稿があって…これってもしかして私たちカップルに見られてたんじゃないかなーって。」
「いいじゃん別に。そう見られてたって。実際そうなんだし。それに、そういう専門の宿だったら、予約段階で断り入れてくるでしょ。一昔前ならまだしも、今は私たちみたいなのも認められつつあるんだから。しかも…っ」
「しかも…何よ?」
これ以上はいいかな…と思いつつ、口走ってしまった。言わざるを得ない。
「…楽しんでたじゃん?僕たちも。」
「まぁ…ね。」
「露天風呂から星見るの最高だったし、ご飯もおいしかったし。ベッドは大きかったけど、上で飛んだり跳ねたりしても壊れないくらい丈夫で豪華だったし。」
一部のホテルもそうだけど、ある種のテーマパーク感があった。だから、二人で年甲斐もなくハメを外してしまっていた。
「大きいベッド、確かによかったね。伊織暴れたもんなぁ…主に夜に。」
「ばっ…」
「声も結構出てたじゃない?あれは女将さんにはバレてたねぇ…」
「だから…そういうのもコミコミで、楽しんだでしょって言ってんの!」
顔が赤らむ僕に、目を細めて楽しそうに話す初。彼女と二人だけの空間とはいえ、素面でそんな話は恥ずかしすぎる。そっぽを向いて話を打ち切ろうと、強引にまとめた。
「はいはい。じゃあ連休は楽しかった、ってことでいいのかな、
さっきの僕の投げかけにファイナルアンサーを問いかける初。どうやらうまく丸め込まれてしまったらしい。
「…はい…大変楽しゅうございました。」
「よっし!じゃあ楽しかった連休へのお別れと、明日からの社畜生活へのエールを込めて、ちょっと手の込んだ晩御飯でも作ろうかな?」
初は弄っていたスマホをソファに投げだすと、膝を打って立ち上がる。そして僕に手を差し伸べてくる。にっかりと笑う彼女に誘われて笑ってしまうと、その手を握って立ち上がった。
「冷蔵庫、何にもなかったよねー。ガッツリ買わないと何も作れないなぁ…」
言いながら、買い出しに行こうとする初を追いかけ、僕もリビングを後にした。
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