第3話「じゃあ対策を考えようか」
あれから、僕は高校生活を楽しんでいた。
新聞部は忙しいし相変わらずメールは届くしとにかく暇をすることは無かった。
香井さんは相変わらず、色々気にしているみたいだけれど、そんなに悪いものかな、と少なからず疑問は持っていた。
そんな僕に学生である以上、避けては通れない定期テストが迫っていた。
正直な話、勉強はそこまで得意ではないし、特に数学は大の苦手だ。
焦っていると、ライヒ君が勉強を教えてくれる事になり、彼の家へ向かっているところだ。
本当はカフェとかで良かったのだが、ライヒ君の体調面と香井さんから預かったものもある為、自宅へ招いてくれるそうなのでお言葉に甘えてお邪魔することにした。
勿論、手土産くらいは用意した。
立地条件の良いマンションに辿り着きインターホンを鳴らす。
『あ、優貴!今開けるから待っててね』
もうすっかり聞きなれた彼の声を聞き、無事到着した事に安心する。
家の扉の前でライヒ君は待っていた。
僕を探していたのか辺りをキョロキョロ見回し、僕を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。
「優貴!いらっしゃい!!」
ライヒ君はニコニコしながら扉を開け、僕を部屋まで連れて行った。
手土産のロールケーキを渡すと喜んでキッチンがあるであろう方へ持って行った。
僕は彼の自室で待つように言われた為、先に部屋に入っていた。
部屋はとても綺麗に整頓され、参考書らしきものが棚にぎっしり詰められていた。
「勉強は好き」と言っていたがまさかここまでとは思っていなかった。
香井さんから聞いた話によると、そこまで教育熱心な学校でも家庭でもないのに、ひたすら勉強しているせいか成績もかなり上位に入っているらしい。
感心しながら改めて部屋を見わたす。
拘りがあるのか、全体的に落ち着いた風合いの家具が多い。
茶色を基調としたシックなベッドに薄い青の布団が敷いてあり、近くにあるランプのすぐ近くに、分厚い小説が置いてあるところに彼らしさを感じながら、部屋に少しだけ違和感を感じた。
「お茶もってきたよ」
静かにドアが開き、先ほどのロールケーキとティーセットを持ったライヒ君が入り口に立っていた。
「ねぇ、ライヒ君この壁に刺さってる鉄の棒は何?」
お茶の用意をしながら彼は、
「あぁそれ?アクセサリーとか飾っておく為に刺したんだけどね、やっぱり違和感あるから今度別の色に変えようかなって、思っていて…」
と、淡々と話すが僕はあまり納得できなかった。
鉄の棒の位置は、ベッドから上半身だけ起こせば、簡単に手が届く場所だしアクセサリーを飾るには棒が太すぎるし、服を掛けるには位置が低すぎる。
ただ、ライヒ君はあまり探られたくないのか、それ以上は話してくれなかったので、あまり深くは聞かないことにした。
「じゃあ、勉強はじめようか」
やる気十分の彼に促され、僕らは勉強に取りかかった。
あれから僕はライヒ君に教えてもらいながら、一先ず提出分の課題は終わらせることができた。
さすが、勉強好きなだけあって、彼は教えるのがとてもうまかった。これなら、テストで赤点は少なくとも回避できるだろう。
「今日はありがとうお陰でテストは大丈夫そうだよ」
「それは良かった…!またわからないところがあれば連絡してね」
ニコニコしながら片づけをする彼を見て、やっぱり今日は教えてもらって良かったと改めて思った。
「あ、これ香井さんからなんだけど…」
預かった封筒を渡すと、
「桜良ちゃんから…?巡にかな」
僕が戸惑っていると、それに気づいた彼は
「あ、巡っていうのは、えぇ…っと俺の保護者…みたいな人」
保護者みたいな人、という表現に違和感を覚えた。一緒に住んでいる親戚みたいなものなのだろうか。
「あ、じゃあ僕、直接渡してくるよ、挨拶もしたいし」
「…そう?今静かだから、奥の部屋にいると思うよ」
部屋から出て、奥の部屋へ向かおうとした時、丁度廊下に背の高い男がいた。
「あ、巡さんですか?」
背の高い男は、体をこちらに向け
「ん、ライヒの友達かな?そうだよ、僕が巡」
ふわふわした金髪の癖毛、そして穏やかそうな目、優しい声という印象を持った。
「ごめんね、邪魔したら悪いかなって思って、挨拶すらしていなかったね…」
「あの、これ香井さんからなんですけど…」
僕が封筒を差し出す。
「わざわざ持ってきてくれたんだ、ありがとね」
封筒を受け取り、中身を確認すると巡さんは
「香井さんも人使いが荒いなぁ…返事は僕がしておくから後は大丈夫だよ本当に助かったよ」
僕は巡さんにお辞儀をして、再び部屋に戻ろうとすると
「…香井さんからも言われているだろうけど、あんまり首突っ込んだら駄目だよ。気づいた頃には戻れないから」
あの時の香井さんの様に冷たく言い放った。
「…わかりました」
「うん、それじゃあ今日は気をつけてね、最近危ない事が多いからね」
僕は荷物をまとめて、二人にお礼を言って家に向かった。
忠告はされても、僕はやめられない。
その先に、僕の望むものがあるはずだから。
***
「ライヒ、大丈夫?」
僕はベッドに横になった彼に声をかける。
「うん、とりあえず平気…」
「全く…、集中しすぎて、薬飲まないからだよ」
「だって、あんまりそういうところ見せたくないから…」
「…まぁ、そうだよね、じゃあ対策を考えようか」
「…うん」
僕は机に薬とスープを置き、部屋から出る。
体が弱い事は既に知られている、だからこれ以上探られたくない。
お願いだから、これ以上は関わらないでほしい。何かあったときに苦しむのはこの子なんだ。
「…だから誰にも関わってほしくないんだ」
これは僕の我儘かな。
***
成島君に橘さんへの荷物を頼んで、私は違う用事を済ませようとしていた。
「…で、あたしに何の用?協力はしないって言ったじゃない」
今、とある女性と交渉するため喫茶店に来ている。
目の前の女性は、ツインテールを揺らしながら高飛車な態度を取る。
「今回はどうしても協力してほしいの」
私はどうにかして、彼女を説得しなければいけない。
「…で、話は?聞くだけ聞くから話してみなさい」
髪を指に巻きつけながら彼女は言った。
「成島優貴という子の事なんだけど…」
私が説明しようとすると、彼女が遮り言った。
「あぁ、あの地味な少年ねあれがどうかしたの?」
「…何か知っているの?」
「あたしにも、あたしの情報網があるからね」
忘れてはいけないのが、彼女も私達と同じ立場にある事。
私にも情報網がある様に、彼女もまた情報網がある。
「それで…成島君を、元の場所に戻してあげてほしいの」
私がまだ彼に話せていない事。
そう、もうここは既に危険な場所である事。そしてあまりここに居続けると元に戻れなくなる事。何より、彼に届いたメールがその証拠だ。
「あんたねぇ…、あたしにそれができたら、今頃苦労してないと思うけど?」
やや不機嫌な彼女を落ち着かせ、話を続ける。
「あなたには、成島君がこれ以上、ライヒに近づかないようにしてほしいの」
すると彼女は鼻で笑い
「少年関係無く、元々あいつにはやらなくちゃいけないことがあるからね。いいわ、今回はあたしも協力してあげる」
と、かなり乗り気だった。
「あ、近づかないようにすれば、何しても良いわけ?」
何しても、それは言葉の意味そのままだろう。
「…私からは何も言えないわ」
私が静かに告げると
「…あっそ、なら、後はあたしが連絡するから、あんたは大人しく待っていなさい」
彼女は席を立ちあがり、その場を去った。
…然り気無く、二人分の代金を払っていてくれていた。
「…さすがにちょっと申し訳ないわね」
私も荷物をまとめ、店を出た。
果たして今、彼に全てを話すべきなのだろうか。
彼の事だ、あの溢れる好奇心のせいでまた余計な事に首を突っ込むのだろうか。それとも、大人しく話を聞いてくれるのだろうか。
しかし、話を聞いてくれたところで、彼を元の生活に戻せるのだろうか。
「…わからないわ」
私にはどうしたらいいのかわからない。
ただ、一つできることは彼を危険から遠ざける事しかない。
正直な話、成島君とライヒが、あんなに仲良くなる事は想定外だった、それだけでかなり私の計画が狂った。
ただでさえ手のかかるライヒに、更に苦手な保護者付き。できる事なら関わりたくない。
ため息をつき、携帯を手に取る。
『新着メール:一件』
…こんなこと、一体誰が考えたのかしらね。
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