第2話 「危なっかしいんだから」

人が多かったせいで、香井さんが進む速度もそんなに速くなかった為、なんとか見失わずに追いかける事ができた。


彼女を追っていると、始めは人が多く進みづらかったものの、しばらく進んでいくと次第に人の数は減っていき、彼女に追いついた頃には暗い人気の無い場所に来ていた。


どうやら何かを追うのに必死で、僕がついてきていた事に気づいていないみたいだ。

香井さんが路地裏に入っていったのを確認し、陰に隠れて様子を見る。


「そっちは行き止まりよ私の方がこの辺りは詳しいのだから諦めて出てきなさい」

部室に来た時の穏やかさは感じられない、かなり強い口調だった。

「別に何も悪い事してないよ…急に追いかけてくるからびっくりした…」

聞き覚えのない男の声だった。

陰からだとはっきりとは見えないが細身の見慣れない制服を着た、僕と同じくらいの学生だった。

「どういうつもり?仕方ない事とはいえもう少し立場を考えたら?」

「うぅ…ごめんなさいでも、迷惑はかけてないでしょ…?」

完全に怯えてしまっている男に、香井さんはキツい言葉を浴びせる。

事情はわからないがやっぱり女の子を怒らせると怖い…なんて余計な事を考えていたその時

「…誰?」

男が声を上げる。

全く物音を立てていないはずなのに気づかれたのかと、内心焦る。

一旦離れた方がいいと思い正面を向いたが

「…盗み聞きは良くないよ?」

さっきまで香井さんの目の前にいたはずの男が僕の目の前にいた。

「うわあぁぁあああ!?」

さすがに僕だって自分の近くに人が来れば気づくはず、だけどこの男が目の前に来るどころかこっちに向かってきた事さえ気づかなかった。

「誰かと思えば成島君だったのね…」

彼女は呆れた様子だった。

「えっと…知りあい?」

男はきょとんとしている。

さっきは遠くて確認できなかったが、薄いピンクがかった白い肌にアーモンドみたいな形の目。整った容姿だがよもぎの様な色をした髪とどこを見ているのかわからない虚ろな左目と右目の眼帯のせいで、少し不気味にも思った。

「そう、同じ学校の人よ」

香井さんは男に説明した。

「桜良ちゃんのお友達か…えっと、ライヒです、よろしく…」

ライヒと名乗った男は緊張しているのか、下を向いてしまい目を合わせてくれない。

「成島優貴です、よろしく」

僕が名前を言うと、頷いて少しだけ顔を上げてくれた。

「…驚かせてごめんね?」

ライヒ君は僕の顔を覗きこみながら言ってきた。

不思議な人だけど悪い人には見えなかった。


「それで、その…さっきの話は?」

駅に向かって歩きながら僕が二人に問いかけると、ライヒ君は少し焦った様に見えたが香井さんが口を開き、

「この子、体が弱いのにフラフラ出歩いて…倒れたら大変だから怒ったのよ」

呆れながら言うとライヒ君は

「…子ども扱いしないでよ。俺、一応桜良ちゃんより歳上なんだけど」

少し拗ねた様子だった。

するとまた、香井さんが

「私より世間知らずで危なっかしいんだから、子どもみたいに見えるのよ。それに運動神経がいいからって体力も無いのに走り回って…」

と、言い出し

「歳上としてのかっこよさも無いし、今更敬語とか使わなくていいけど、さすがにひどくない?」

負けずにライヒ君も言い返したところで、僕が口を挟む

「あの…、とりあえず、馴れ馴れしくしてすいませんでした」

するとライヒ君は首を振って

「あぁ、気にしないで?逆に敬語とか使われる方がちょっと馴れないから…」

香井さんは溜息をついて

「とにかく、二人とも早く帰った方がいいわ今はここはかなり危険だから」

僕らに促し、目線を僕に移して

「成島君はどの辺りに住んでいるの?近いなら、私が送っていくけれど…」

「ここから電車で1番線に乗って数分の…」

僕が言いかけた時に、ライヒ君が

「俺もそっちだから一緒に帰る…?」

と、僕の服を引っ張ってきた。

「なら、大丈夫ね」

香井さんはやっと安心した様な笑みを見せた。



「じゃあ、二人とも気をつけてね」

香井さんと別れ、ライヒ君と電車に乗る。

「…ねぇ、優貴」

名前を呼ばれ顔を上げると、ライヒ君が真っ直ぐにこちらを見ていた。

「優貴は…、吸血鬼を探しているの?」

急な質問に戸惑いつつ、

「そう…なのかな、会ってみたいなって」

質問に答えると、ライヒ君は

「…会ってどうするの?」

俯き、更に問いかけてくる。

少し声が震えているのは何故だろう。

「吸血鬼になりたいとか捕まえたいとかじゃなくて、話をしてみたいんだよね」

僕が言うと、

「ふふっ…、変なの!」

ライヒ君は再び顔をあげて今日一番の笑顔を見せてくれた。


ライヒ君と別れた後真っ直ぐ家に帰った。

今日は色々な事があって楽しかった。

香井さんには迷惑をかけたけど、充実した一日を過ごす事ができた。

結局、あのメールの事は何もわからなかったけど。



あれから僕の日常は少しずつ変わり始めたのかもしれない。



それが良い方向にとは限らないけれど。

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