虚伝と背反
ぷらた
第1話「ちょっと楽しみができたかな」
この平凡な日常は幸せな事なのだろうか
当たり前には
感謝しなくてはならないのだろうか
当たり前の様に朝を迎えて
当たり前の様に学校へ行き
当たり前の様に眠る
こんな日々は退屈だと思っていた。
僕はこの時まで当たり前が
どれだけ幸せで
自分の考えが
どれだけ愚かだったのか知らなかった。
「退屈だなぁ」
新聞部の部員として、記事を書きながら僕、成島優貴はため息をついた。
新聞、と言っても書くことはこの間の球技祭くらいだろう。
何か面白い事は起きないだろうか。他の部員が各クラスの生徒や体育委員に取材に行っている間部室には自分一人だ。だが、記事を書く速さには自信があるので今書ける分は全て書き終わってしまった。
「はぁ……暇」
ぽつり、と呟き携帯をいじり始める。特にSNS等に依存している訳ではないが都市伝説やオカルトの類いの話が大好きで、暇さえあれば、ネットや本で調べている。こういった話はどこか現実とは遠く離れた空想の話にしか思えないのに、妙な現実味があって実際に起きるのではないか等と考える事がとても楽しくて、この時こそ自分は本当に充実した時間を過ごせていると思う。
最近気になる噂を聞いた。過度な欲を持つ人間の近くで怪奇現象の様な奇妙な事が起こり最終的にその人は異世界に連れていかれるという噂を聞いた。
初めは、ありがちな異世界とかそういった系統の話だと思った。
その異世界はこの世界との違いがほとんど無く、自分が異世界に連れてこられた事さえも気づかないらしい。
だが、ここ最近行方不明者が増えた話や急に性格が変わった人の話を良く聞く。
もしかすると、その話は本当で向こう側の人と入れ替わったのか、等色々考察してみる。
もしこの噂が本当なら、僕もその、向こう側という所に行ってみたいと思う。
「すみません、1年4組の香井です。」
部室の扉をそっと開けて、女子生徒が顔を出していた。
「あの、さっき取材を受けに来た時に忘れ物をしてしまって…」
香井、と名乗った女子生徒は、僕の顔を見ながら事情を説明してくれた。
「忘れ物だったらそれじゃないかな?」
机の端に置かれたポーチを指差した。
「あ、これです」
僕は携帯を机に置き、ポーチを渡した。
香井さんは一瞬だけ僕の携帯の画面を見ていたが、すぐに視線をこちらに向けポーチを受け取り深く礼をした。
「あ、それと」
扉の前で香井さんは振り返り顔をこちらに向けてきた。
「その噂、あまり深入りしない方がいいですよ」
と言い、彼女は長く綺麗な髪を揺らし部室を出ていった。
香井さんは冗談を言っている様には見えなかったし、彼女の声は穏やかだったが僕に向ける眼差しは冷たかった。
「ちょっと面白くなってきたかもね。」
この声は誰にも聞こえていない。
静まった部室に僕の携帯が鳴り響く。
「退屈ですか」
と、件名に書かれたメールが届いた。
今の時代、メールなんて滅多に使わないしそもそも、僕のアドレスを知っているのは家族くらいだ。
「迷惑メールかな…?」
僕の携帯には迷惑メールですら滅多に届かないが、明らかに怪しいメールだという事だけはわかった。
「まぁ、実際退屈だけどね」
と、言いながらメールを削除した。
もしかしたら、最近話題の怪奇現象だったりして。なんて考えるのも馬鹿馬鹿しいか。
本当に怪奇現象だったら、退屈な毎日から逃れられるのだろうか。
そんな事を考えていたら、時計は既に下校時刻を指していた。
今日も退屈だった。
高校生になって何かが変わると思っていた。
だけど、何も変わらなかった。
だから僕は都市伝説やオカルトに没頭した。
だけど結局ほとんどは作り話でそんな事はありえない。
…自分でもわかっているのに。僕は荷物をまとめ、部室を出た。
***
「……もしもし、香井だけど」
私はとある人物に電話をかけた。
『あ、桜良ちゃん、どうだった?』
電話越しに聞こえる穏やかそうな男の声。
「別に…まぁ、あなたの予想通りよ」
『そっか、それで桜良ちゃんはどうするの?』
電話なので、顔が見えないからなのか、彼が何を考えているのか全くわからない。
この男は直接会話していたとしても考えがわかると言い切れないだろうし、わかったところで理解ができるかと言えば、また別の話だけど。
「どうする…ってまぁ、あまり関わらせない方がいいでしょうね」
最近話題になった都市伝説、あれはただの噂話じゃない。
だからこそ、迂闊に手を出さないでほしい。手を出してしまえば後悔しても遅いのだから。
私は鞄を肩にかけ、学校を出た。
***
帰宅後、やるべき事を済まし、部屋のベッドに横になっていた。
夕食を食べながら観たニュースが気になりあれからずっと調べている。
殺人事件があった。
しかもただの殺人事件じゃない。手口がかなり異常で、見つかった遺体は全身の血を抜かれていて首に噛まれた様な傷があったらしい。
しかも、その被害者は現在逃走中の通り魔だった。
そして事件の発生場所は自分の住む市の隣だった。
犯人は一体何を考えているのだろう。
復讐のつもりなのだろうか。
この通り魔のせいで亡くなった人もいたはずだ。
でも、復讐なら血を抜く必要はないはずだ。
…もしかして吸血鬼?
いや、まさかね、近くにいるなら是非とも会ってみたいけど。
とりあえず一通り情報は集めたのでブラウザを閉じ、さっき届いたメールを確認する。
また迷惑メールだと思い放置していたが、ずっとメールの通知がついていると変な気分になるので削除はする事にした。
メールの件名は『いかがでしたか?』だった。
僕はどうしても気になり、メールを開いてみる事にした。
本文には『犯人の行動はあなたにとって刺激になりましたか?』と、だけ書かれていた。
犯人とは、あの事件の犯人の事だろうか。
少なくともこの件には関心を持つことはできたし、もし彼が本物の吸血鬼なら危険だとしてもその姿を見てみたいと思う。
「へぇ…ちょっと楽しみができたかな」
僕は部屋の明かりを消し、携帯を置き目を閉じた。
明日へ密かな楽しみを抱きながら。
***
次の日、クラスであの事件の話をしている生徒は多かった。
僕と同じく「吸血鬼が出た」なんて考えている人も多少はいたようだ。
場所が近かったせいか先生や警察も警戒していて生徒にも十分注意するように、とホームルームで連絡があった。
今日は午前中までしか授業は無いので、それでも僕は今朝届いたメールに書かれていた場所に行ってみようと思う。
当然、危険なのは承知の上だ。
電車に乗ること8分、比較的大きな駅に着く。あんな騒ぎがあったにも関わらず相変わらず人通りの多い場所だ。
「えっと…」
メールによると、記載された場所に吸血鬼は出るらしい。
少し駅から離れているので時間はかかりそうだが、歩いていける距離なので早速駅から出て移動しようとしたその時_
「何をしているの?」
聞いたことのある声に驚き振り返るとそこには香井さんが立っていた。
「香井さん…!?どうしてここに?」
「この駅が私の最寄駅だから。それにその質問そっくりそのまま返します」
彼女にはっきりと言われ何も言い返せなくなる。
まさか、「吸血鬼を探しに」なんて言えるわけがない。
「…噂の件だったら早く帰った方がいいです」
彼女は全く先に進ませる気配がない。
このまま大人しく帰るしかないのかと、思ったその時、僕を見ていた彼女の目線が別のものに移った。
その時、彼女は目を見開いていた。
「私はこれで…!」
香井さんはかなり慌てた様子で出口まで向かっていった。
「え、ちょっと香井さん!?」
メールの事も香井さんの事も気になるし、このまま帰るわけにもいかないので、僕も急いで彼女の後を追った。
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