10人の1人なり



「あー、なんで僕がわざわざ出向かなきゃならないのかね」


黒いスーツを着た中年の男性が名古屋の街を彷徨ってる。

すらっとした着こなしとは裏腹に無精髭はボウボウに生えていて、髪は中途半端に長い。

不衛生っぽいというのが第一印象に浮かぶのではないだろうか


「おや、ここが襲撃のあった高校かな」


そうしてその男がたどり着いたのは康太達の通う高校だった。

ヴォイド、カトレア対康太、奏の戦いから既に一週間が経とうとしていた。

しかし、そんな面影など微塵もなく、高校は綺麗さっぱり元通りになっていた。

穴の空いた校庭なども、新品同様に整っている。


「こりゃあ、無駄足だったかな」


流石に得れるものはないだろうと男は首を振る。

男は首元を緩め、気合を抜くようにしてだらけた姿勢になる。


「折角名古屋に来たんだ。名物でも食わないと仕事に気合も入らないってもんだ」


そう言って男は名古屋の繁華街に繰り出した。

男は目につく店に入り、手当たり次第にいろんなものを注文した。手羽先、味噌カツ、終いには他の店で台湾まぜそばなど食べだし、優に男4人分の量をぺろりと平らげた。


「うんうん、ボリューム的に十分に満足だね僕は」


男は腕時計を見て、その針が午後6時を指していることに気がつく。


「やばっ、流石に本部に顔出しておかないと後でめんどくさいな」


そう言って男は本部まで駆け足で向かい、15分くらいでそこへたどり着いた。

食後の運動と言わんばかりに軽い感じを醸し出しているが、おそらく普通の人間が駆け足で向かおうとすれば30分はかかる距離だ。

それを息切れ一つもせず、男は魔法省の名古屋支部へたどり着いたのだ。


「やあやあ、お疲れさん」


男は当然のようにその入り口を潜ろうとする。

しかし、魔法省入り口にいる看守に止められた。

一人は中年の男性、もう一人はまだ配属ばかりであろう垢の抜けていない青年だ。

青年の看守が男に問いかけた。


「すいません。一般人の方でしょうか?今は一般の方は入館できないんです」

「え、いや僕一般人じゃないんだけど・・・」

「そうでしたか。では入館証を見せていただいてもよろしいでしょうか」


その言葉に男の目は点となる。


「あれ、僕が来るって話聞いてないの?顔パスで大丈夫って聞いてたのに」


男はとても驚き、そして焦った。

正直なところ、本気で何の証明もなく、支部の中へ入れてもらえるものだと思っていたからだ。

そんな困ったような反応をする男に対して、看守の青年もどうすればいいのか分からず、中年男性の看守に目線で訴えかける。


「入館証を見せていただけなければ、この先に通すわけにはならない規則でして」


キッパリと言い切る中年の看守。

そうしたやり取りの中、男はどうしたものかと考えて一つの結論に至った。


「申し訳ないんだけどさ、ここの支部長呼んでもらっていいかな?僕彼女に呼ばれてきたんだよ」

魔法省の名古屋支部長と知った間柄である風の男に看守達は一応連絡だけしてみる事にした。

青年の看守の方がスマートフォンを取り出し、連絡を試みた。

しかし、すぐに連絡が終わり、青年は申し訳なさそうな表情で男に告げた。


「支部長は今会議中との事でした」

「なら会議室まで連れてってもらってもいいかな?」

「ですから入館証を持たない者を通すわけにはいかないんですよ。他に身分を提示できるものなどありませんか?」

「由美子ちゃんが顔パスでいいって言うから何も持ってこなかったんだよなー。僕あれだよ冠位の一人なんだけど顔でわからないかい?」

「冠位の?」


二人の看守は顔を見合わせて驚いた。

冠位の10人(グランドマスター)の存在はもはや魔法省では常識ではあるが、その素顔を知っている者は意外と少ない。

神草埜々をはじめとする半分がメディアに対する顔とするなら残りの半分は表沙汰にできない仕事をこなす裏の顔の持ち主達だ。

顔を見て判断できないとなるとこの男は後者の人間であるのだろう。




「お名前は?」

「あれー?段田弾(だんだ だん)だよ?顔見比べて見てよ。あ、けど僕のことは段田さんか弾さんって呼んでね。フルネームは嫌いなんだ。」


青年は先程のスマートフォンは別の業務用のタブレットを取り出す。

魔法省のデータベースに接続して、名前を入力し、一枚の写真をアップにして確認して見た。

確かに段田弾という男は冠位の名を持つ人間の一人だ。

中年の看守はその写真を覗き込んで見て、男と写真の顔を見比べてみる。


「いややっぱり別人じゃ?けど微妙に似てるか?そっくりさんとか」

「やっぱ写真はちゃんと更新しとくべきだったか。まあいいや、とりあえず僕の責任にしていいから中に入れてもらうよ」

「あちょっと!」


男は看守の制止を振り切りズカズカと法務省内に入っていく。

しかし、青年の看守に腕を掴まれてしまい、流石に振りほどきはせずに、その場に止まる。


「だから待ってください!」

「ああ、由美子ちゃんの場所なら多分分かるから、案内はいいよ」

「そう言うことじゃなくて!」


すると甲高い警報が法務省内に鳴り響いた。


「警報?何かあったのかい?」

「だからあんたのせいだ!」

「ん?」


あっけらかんと言う男に対して青年も堪忍袋の尾が切れる。

どうやら中年の看守がこの警報を発令した様子だ。

すぐさま男は魔法省内の魔術師に囲まれる。


「おやおや、皆さん物騒な顔してお出迎えかい?」


あららと男は少し困った仕草を見せて少しばかりため息をつく。


「一体何が起こった!?」


魔法省のエントランスに一人の女性が駆けつけて来た。

この支部内なら誰もが知っている支部長。

遠藤由美子その人だ。

由美子は囲まれている男を見るや否や、張り詰めた緊張感などどこか行ったかのような柔らかい表情になる。


「あれ?弾くんじゃん!?来るの明日って話だったでしょ!?」

「よお由美子ちゃん。僕は今日だって話だったんだけど、多分うちの本部長のところで話が拗れてたかな?」


腕を掴みっぱなしの青年に対して、弾はほれみたことかというようなドヤ顔でこう言った。


「ほらわかったかい?僕、これでも冠位持ちなんだ」


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