纏い



「話は纏まったようだねー?」


奏が入り口の階段から降りてきた。

先ほどのパジャマ姿とはうって変わって、白衣姿の研究者モードになっている。

奏は精霊について研究しているため、この親子がこれから行うことに興味津々の様子だ。

しかし、精霊を研究している事については非公式で、そのことについて知っているのもごく僅かの人間だけだ。

もっとも、精霊などというお伽話を真面目に研究していると公言したところで笑い話のネタにされるのがオチだろうが。


「いいタイミングで来たな」

「おや?そういうことは康太っちは魔術師を諦めたのかい」

「...ああ」


奏は意外も意外といった様子で康太の表情を伺い、観察していた。


「なるほど覚悟は本物かー」


フッと笑いをこらえるかのような仕草をする奏に違和感を康太は覚えたが、奏の後ろの人影に気がつき、驚いた。


「康太様?」

「リーシャ?それにハイネも?何でここに!?」


そこには普段着の格好をしたリーシャと寝巻きのままのハイネの姿があった。

リーシャに背負われる格好でハイネは熟睡している様子だ。


「俺が今朝一緒に連れて来た。精霊使いになるにしてもならんにしてもこいつら連れて来なきゃ始まらんからな」


その言葉に一瞬だけ康太はドキッとした。

もし、精霊使いにならないと言えば、リーシャ、ハイネとの契約を解除させられたのだろうか。

そう考えるだけで、少しだけ身震いがした。


「さて、始める前にだ。奏、外でこれ張って見張っててくれ」


そんな康太を他所に、変わった形の懐中時計のようなものを光一が奏に投げつける。

それを難なくキャッチする奏の反射神経もなかなか侮れない。


「えー、私も精霊使いの真髄見たかったんだけどなー」

「うっさい。とっとと行け」


物欲しそうな顔で光一を見つめる奏。

しかし、それを一蹴するように、しっしっと手を動かし、払いのける。


「どうせそこらへんにカメラあるんだろうが。後でみろ後で」

「ちぇー」


流石にわがままが通らないと思ったのか、奏は抵抗せずに階段を上っていく。


「あれは?」


康太は先程、奏に渡していたものが気になって父親に問いかける。


「魔力を漏らさない結界装置みたいなもんだ。経験あるんだろ?」


そう言われて、康太はこの前の学校での戦いを思い出す。

あの時使われたものも、魔力を外に出さずに、外界と遮断する結界だった。

という事は、これから魔力を扱う事を行うのは明白だろう。



「さて、ところでお前、武器化は出来るんだったな?」

「ああ、奏さんから教わったから出来るっスけど」

「じゃあ、なんで雷の精霊と戦った時武器化させなかったんだ?」

「ん?何言ってんすか?リーシャとハイネを武器化して」

「違う。雷の精霊の方だ」


康太の目が点になった。

これまで康太が武器化を試みたのは契約している精霊であるリーシャとハイネだけだ。

まさか契約していない精霊でも武器化が出来るなど康太は考えもしていなかった。


「お前、契約している精霊以外は武器化できないと思ってたのか」

「いやだって、真名とかわかんない状態じゃ無理じゃないっスか?」

「できる。まあ武器として扱うには性能がガタ落ちするが、身動き取れなくさせるには十分だろ」

そんな方法があるとは考えに至らなかった。

普段康太が精霊を武器化をする際、それぞれの精霊の真名を呼んでいる。

奏からそうするものと教わったというのもあり、それ以外の方法を試みた事もなかった。


「試しにやってやる。ほれ」

「一体どうやって?」


光一が右手を上に掲げる。

するとハイネの身体が薄緑の輝きを放ちながら、一筋の光となって光一の右手に収まった。

風が吹き荒れながら、その手には武器化されたハイネの姿があった。


「どうだ、分かったか?」


平然と言ってのける父親だが、康太にはやっていることの凄さに驚いていた。

康太はリーシャとハイネを武器化する際、必ず真名を叫ぶ。

それがある意味で武器化のトリガーでもあるからだ。

康太はこのトリガー無くして二人を武器化する事はまず出来ない。

故に契約した精霊、つまり真名を知っていなければ武器化することができないと思い込んでいた。だが、光一はそのトリガーなくして精霊の武器化をやってのけたのだ。


「けどまあ、こう言った小技ができない場合もあるがな」

「どういう時っスか?」

「対象の精霊が自我を失っている時、あとはかなり格上の精霊の時はほぼ無理だろうな。まあそんなのレアケースだ。頭の片隅に留めておけばいい」


そう言い終えるとハイネの武器化を解いた。

ハイネはまだ寝ているようで光一に抱えられる状態で元の姿に戻った。


「これも含めてお前に教える技いろいろあるわけだが、お前精霊を纏った事は?」

「纏う?」

「ああ、いい分かった。ならこれが最優先だ」


被っていた麦わら帽子をハイネに被せリーシャにハイネを預ける。


「クレシェンド」

「はあい。呼んだー?」


光一の後ろから一筋の火柱が上がる。

そこには焔を纏った妖艶な女性の姿があった。

光一の契約している精霊の一人で、康太とリーシャには面識のある精霊だ。


「久しぶりね。康太くん、リーシャも」

「時間もねえから、挨拶は後でしてくれよ」

「もう、光ちゃんったら。せっかちねえ」


時間がないという言葉に康太は引っかかりがあったが、次に起こる光景に康太は言葉を忘れるのだった。


「紅蓮の眼を持つ猛虎の精霊よ。我が身に纏え」


精霊が憑くように光一の身体の中に入る。

すると光一が焔の中に包み込まれ、いつのまにか身につけている服装が変わっていた。

全身鎧に包まれて、その姿に似合わない日本刀を携えている。


「すげえ...」


光一から放たれている魔力は、康太が今まで生きてきて、初めて体感したと言っても過言ではない程の密度だった。


「どうだ、これが纏いだ。お前にはこれを3日以内に習得してもらう」

「え、これって3日で習得できるものなんスか?」

「俺は2日でできたからな」


基準が父親基準というのもどうなのだと康太は思った。

おそらくどう考えても3日でこの領域まで辿り着ける気のしない康太だった



「もし3日で出来なかったら?」

「もうお前に教える事はないということになるな」


つまりは精霊使いとして見限られるって事かと康太は納得した。

しかし、後に引いたところで得られるものがないことなど明白。

康太は自分の置かれた状況に思わず笑みをこぼす。


「いいじゃねえか。やってやるっスよ

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