選択

康太の父親が帰って着た次の日の朝。

康太は光一に色々と尋ねたいことがあったが奏と交わした約束があるため、朝早くから家を出る準備をしていた。

一通り準備ができたので、リビングに入ってみると、いつもならリーシャが朝食を作ってる時間のはずなのだが、その姿は見えない。


「あれ?まだリーシャ起きてないんスかね」


康太はトースターの上に置かれている食パンの袋を開けて口に加える。

冷蔵庫から牛乳を取り出し、それをコップに注ぎながらパンを一枚食べ終える。


「とりあえず書き置きだけ残しておくか」


牛乳を飲みながらペンとメモ用紙を探す。

奏の家に行く旨を書き記し、康太は玄関の外に出た。

空は薄暗いが、若干白んで来ている。

康太は自分の父親がいるであろう部屋を見つめながら、家を後にした。


「やあ、来たね康太っち」


奏はパジャマ姿で康太の前に出てきた。

康太にしてみれば意外と見慣れた光景なのでトキメキも何もなかったが。


「こっちにきてー」


そう言って奏はサンダルを履いて、家の外にある物置の前に康太を案内する。


「ここは?」

「ああ、そういえばまだ康太っちをここへ入れたことはなかったねー。私の研究所の一つさ」


しかし、どこからどう見てもただの物置だ。

騙されたと思って扉を開けてみると下に続く階段がその中にはあった。

暗く、足元が見えずらいが、壁を伝ってゆっくりと階段を降りて行く。

3分くらいすると階段の先に明かりが見えた。

そこまでくれば、足元も見やすく、一気に駆け下る。


「うおっ」


康太は目を凝らしてその先を見つめる。

明かりの向こうには康太の通っている高校のグラウンドの5倍はあるであろうだだっ広い空間に出た。


「どうなってんスかこれ?」

「私の魔術の応用さ。それより早く降りてよー」


階段の出口で呆然と立つ康太を急かすように奏は背中を叩く。

急いでその場を動くと、その空間の真ん中に人影があることに気がついた。

アロハシャツに麦わら帽子の男が横になって寝っ転がっている。

よく見てみると康太には見覚えのある姿だった。


「相変わらず遅いな。バカ息子」

「なんでここにいるんスか?」

「私が呼んだのさー」


まさか自分の父親が帰って来たのって奏が読んだからなのだろうかと考えた康太。

しかし、それだけでこの人は家に買ってくるのだろうかと康太は考えに耽る。


「たくっ簡単に言ってくれて。結構忙しいんだぞ俺も」


帽子を抱えながら、康太の父親、光一は起き上がる。


「まあまあそこは言いっこなしだよー。私はとりあえず上から連れてくるよー」

「ああ頼む」


奏は階段を登っていき、姿が見えなくなった。

康太とその父親は静かな空間に取り残された。


「で?どうしたいんだお前は?」


光一は口切るように質問を投げかける。

それに対しての答えは、康太はもう決めていた。


「俺は...今より強くなりたい」

「強くなりたいだあ?ガキかテメエは?」


しかし、その答えを光一は一蹴する。

その態度に康太はイラつき、目を尖らす。

しかし、光一の次の発言で、そんな目もできなくなった。


「お前が今何に葛藤してるかなんざ知らんが、お前が進もうとしてる道は、お前の未来を閉ざす選択になるぞ」

「それどういう」


「お前が今後、魔術師になることを諦めるなら、精霊使いの真髄と呼ばれる力を教えてやる」

「え」


突きつけられた選択は康太にとっては夢を諦めろということと同義だ。

魔術師になれなければ、魔法省に入ることはできない。


「何すか!その選択肢は!?」

「別に嫌がらせじゃねえよ。ちゃんとした精霊使いになるならそれは必然だ。お前一度でも俺が精霊を使役しないで魔術を使ったところ見たことあったか?」


康太は思い返してみる。

光一は家にあまりいないため、父親と過ごしている時間は短いが、だからこそ一緒にいた記憶は濃く残っている。

しかし、その記憶の中には父親が魔術を使っている場面に遭遇したことがないことに気がついた。

「いや、けどまさか?」


精霊を介して魔術を発動させていたことはある。

しかし、光一自体が自身の魔力で魔術を使ったことがないのだ。


「お前が今持ってる力は精霊使いの力の入り口に立ってるに過ぎねえんだよ。というかお前に選ばせるつもりでそこまでしか教えなかった」


光一は康太に、それまで纏わせていたおちゃらけた雰囲気など微塵もなく、康太に問いかける。


「けどこの際聞いといてやる。お前は精霊使いになりたいのか、魔術師になりたいのかどっちだ」

しかし、それでも康太は自分の答えを曲げない。

たとえそれが自分の未来を閉ざすことになっても。


「もしここで精霊使いにならなかったとしたら、もしかしたら魔術師になれるかもしれないんだろ?」

「ああ」

「だったら俺は精霊使いになる」


その強い瞳を見て、光一は驚いた。

正直光一は康太がここで悩み苦しみ、精霊使いになることを諦めると思っていたのだ。

だからこそもう一度だけ聞いた。


「いいのか?もう魔術省には入れないぞ」

「そんないつかなるかもしれない可能性のために今を捨てたくないっス」


「そうか」


光一は帽子を深く被り、少しだけ笑った。


「いつかその選択を後悔しないようにな」

「誰がするか」

「じゃあ精霊使いの真髄を教えてやる。覚悟しろよ」


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