第6話
相変わらず保健室登校をしている僕は、来年の妹の中学入学よりも前に新たな局面を迎えることとなった。
「君もわかっていると思うが、授業を受けていない分、評価が低くなってしまうのは仕方ない事なんだ」
個別学習室で、僕は久しぶりに会った担任からそう告げられていた。いくらテストの点数が高くても、実際に授業を受けていなければ減点されるのである。内申書に確実にマイナスに作用するのは、僕としても避けたい所だ。
「少しずつでもいいんだ。授業を受ける機会を増やしていってみたらどうだろう」
考えておきますとだけ返事をして、僕は教室を出た。
「あれ」
僕が昼休みに先生に呼ばれて出かけている間に、珍しい人物が保健室に来ていたのである。
癖のある髪を短く刈った長身の彼は、確か一年の時同じクラスだった・・・誰だっけ?
「伊藤。お前まだ保健室通いなのか」
相手は僕の名前をしっかり覚えているらしい。右手のひらに怪我をしたのかガーゼを当てられているところだった。
「う、うん。えっと・・・」
「上野だよ」
ああ、そうだった。出席番号が並んでいたんだっけ。それで見覚えがあったんだ。ちょっと懐かしいような気がしたけど、それ以上の会話はなく、彼は手当てを終えるとさっと部屋を出て行った。
「知り合いだった?」
おばちゃん先生が声をかけて来た。
「一年の時に同じクラスだったんです」
「そうなの。そう言えば伊藤君が最初に倒れた時連れて来てくれた子よね」
なんだって。全く覚えがない。
それから何故か彼が気になってしょうがなかった。
しかし、もう一度話すきっかけがあればと思ううちに、学校は夏休みに突入していた。
*****
そんなある夏の日のことである。
以前から気になっていた本があったのだが、新刊が半年振りに出ているという広告を新聞で見て、慌てて最寄り駅の商店街の本屋に走った僕は、空振りの上に雨にまで降られて散々な思いをして駅前の本屋の軒下に佇んでいた。
幸いたいした降りでもないので、走って帰れば被害も最低限におさえられるだろう。走るのなら今のうちかななどと考えていると、目の前で傘が止まった。
いや、正確には傘を持った長身の人物が僕の目の前に立ち止まった。
例の彼である
「あれ・・」
彼は少し俯いて僕を覗き込んだ。
「傘持ってないの?」
うんうんとうなづくと傘を差し出された。
「今から昼飯食べに行くところなんだ」
一人だから一緒に行こうと誘われて、僕は久しぶりにハンバーガーショップに入った。中は夏休みらしく若者や子供連れで賑わっていた。
でも、二人連れくらいだと簡単に席を確保出来る。
「いただきまーす」
ほんと久しぶりに家族以外の人と外で食事をしている。もくもくと頬張っていたら、彼の視線に気づいた。
「ごめん。ハンバーガーとか久しぶりだから、つい夢中になっちゃって」
普通はおしゃべりでもしながらゆっくり味わうもんだろうに。
「気にしないで、どうぞ」
促されてまた食べ始めたけど、良く見ると彼は急ぐでもなく、小雨の降る通りを眺めながらゆっくりとポテトをつまんでいた。
「上野君って家この近く?」
話のネタが思い浮かばず、ありきたりのことを口にする。
「この先の住宅街に住んでる。」
「そうなんだ」
知らなかった。ご近所さんだった。
というか、大体、人と顔を合わせるのが得意じゃないから、僕は妹と歩く以外は俯いて足元を見ながら歩く。だから、周りに誰がいるのかなんて気付かないんだ。
「俺。あんまり出席してないから」
「え」
顔を上げると、彼が僕の方を見ていた。
「こないだ保健室であった時、俺も学校久しぶりだったんだ」
彼は視線を外して窓の方を向いて急に目を丸くした。僕も釣られてその先を見ると・・・。
そこには一人の女の子がこちらを雨の中睨みつけて立っていた。
妹よ。ガラスに鼻を押し付けすぎて豚さんになってるぞ・・・。
彼女はくるりとこちらに背を向けるとバッグをごそごそしだした。ほどなくして僕の携帯が鳴る。
未読の母からのLINEの後に妹からの怒りのLINEが次々と到着して僕は冷や汗をかくしかなかった。彼女はナゲットとポテトのお土産を言い渡してLINEを終わらせて振り向くことなく立ち去った。
「迎えに来てくれてたんだね」
「そうらしい。まぁお土産で勘弁してもらうよ」
携帯をしまおうとすると彼がLINEの交換を打診してきたので、快諾する。
小中学校で携帯を持つのを禁止したり仮に持っていたとしても、SNSを禁止にしているところが多いと思うけど、SNSをしていないことによるいじめとかもあるからね。
それに、親の迎えを呼ぶための電話を教師の了承を得てから行うとか、面倒くさいよ。
誰かが今こそポケベルを復活させて子供に持たせるべきだと言っていたけど、確かにそうかもね。
*****
僕達が店を出る頃には雨は止み、外は蒸し暑くなっていた。
「僕の家向こうの通りなんだ。またね」
信号が変わりそうだったから、慌ててそれだけ言うと僕は走り出した。
「伊藤!」
彼が呼んだ。振り返るといつもの無表情な彼の顔が、少し笑って見えた。
「また、学校で」
手を振り返して僕も多分笑っていた。
ーーーー次回予告・嵐の新学期
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