第4話

 保健室にその子が初めて来た時、あぁ確かにねと納得した覚えがある。それほど彼女は目立った存在だった。


 彼女は一年下のハナちゃんといい、父親がイタリア系のアメリカ人だったらしい。だったらしいというのは彼女が幼い時に父親は亡くなっていて、その後すぐに日本に帰って来たからだ。


 金髪碧眼まではいかないにしても、濃い栗色の頭髪や、色の白さとそばかすが、どうしても純日本人の僕らの中では浮いた存在だった。

 普通にしていても目立ってしまう。年頃になればなるだけ可愛い子というのはからかいの対象になり、それはそのままいじめにも繋がって行く。


 本人が大人しい性格であればあるだけ、ちょっとしたからかいやいじめにも傷つく。一対一でもそうなのに、彼女の天敵はクラスのリーダー格の男子だった。明るくて活発な男子が一言口にすれば、クラス中が彼女を攻撃したという。


「酷いんだよハナちゃんのクラス。こないだハナちゃんが遅れて登校してきた時にハナちゃんの机を廊下に放り出してたんだよ」


 久しぶりに来た菜子ちゃんが憤慨して教えてくれた。


「だからここに連れて来たんだ。先輩面倒見てあげてね」


 僕は苦笑いするしかなかった。僕もあんまり変わらない立場なんだけどね。

 ただ、あんまりハナちゃんは保健室には来なかった。週に一、二度来るくらい。学校に来ているのか休んでいるのかは、僕にはわからなかった。

 保健室に来てくれなければ、面倒もみることは出来ない。


 そんな時、おばちゃん先生が一計を案じた。ふかし芋パーティーを保健室でやるという。菜子ちゃんにもハナちゃんを連れて来てもらって小春ちゃんも呼んで。

 まぁ僕は留守番でもと思っていたら、しっかり力仕事に狩りだされてしまった。学校の空き地に植えてある芋を掘って、調理実習室まで運ぶだけだけど、普段やらないことをするのは結構きつい。


「はい、ありがと。伊藤君は保健室で待っててね」


 おばちゃん先生からねぎらわれて、やっと開放されてよろめきながら保健室に戻った。

 心地良い疲労感で珍しく転寝をしていた僕は、部屋の扉がガラッと開いたのに飛び起きる。


「ふかし芋出来上がりー」


 ふかしたての湯気がまだもうもうと立ち上っているうちに、あっと言う間に芋を入れた器は空になった。

 皆フーフー言いながら世間話に花が咲いている。


「そういえばハナちゃんはお休みの時何してるの?」


 若先生が、芋にむせて咳き込んだ後に涙目になって訊いた。菜子ちゃんと小春ちゃんが笑いながら先生の背中をさすっているのが可笑しくて、僕もつい笑いの輪の中に混じってしまう。


 ハナちゃんは私設のフリースクールに通っていると言った。


 不登校の中学生が主にやってきていて、そこの出席日数も加算してくれるので、内申書の出席を心配することはないらしい。

 不登校で心配になるのはやはり出席日数だ。中学までは義務教育だから欠席が多くても卒業は出来る。

 だとしても、その先を考えた場合、内申書の欠席の多さは命取りだ。県立はおろか私立でも煙たがられる。


 そう。それを知っていたから、僕はなんとか欠席にならないように保健室登校を選んだんだ。



 *****



 ふかし芋大会が功を奏してか、ハナちゃんはその後次第に学校に来る頻度が多くなっていったのだが、そんな中で大事件が勃発するのだった。


 リンチ事件。

 いや実際にあったわけではなく、移動教室に向かう途中という先生の目の届かない所で、例の男子がハナちゃんに向かってイチャモンをつけてきたのである。

 たまにしか授業を受けてないくせにと罵ったあげく、皆でこいつリンチにしようよと言ったらしい。


 その時はリンチの意味がわからなかった彼女は、自宅に戻って意味を調べて震え上がり、それきり学校に来なくなった。


 好きなように学校を休んだりして我がままにやってると思われていたんだろうか。一般の生徒だって学校行きたくない時だってあるのにずるいと思われていたりとか。


 後日聞き取り調査がされたけど、当該の生徒は笑顔でこう答えたらしい。


「彼女が勘違いしたんですよ。僕がそんなこと言うわけないでしょ」


 成績優秀で明るくてクラスの人気者の彼は、ごまかし方も一流だった。こちらの惨敗である。


 しかも後日談だが、その後職員会議でいじめの話になり、ニュアンス的にこの学校ではなかったことにしたかったらしいが、若先生がリンチ事件を口にしてしまい、次の年には僻地の小学校に転勤になった。


 その後ハナちゃんはどうなったのか。人伝に聞いたところでは、フリースクールで楽しくやっているということだった。

 居場所は学校だけではない。まさにその通り。


ーーーー次回予告・僕の場合

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