第3話
僕は保健室登校を始めて約一年経つ。
基本的に毎日ここにいるんだけど、実は常駐者は珍しいらしい。大抵の場合は教室に行ったり休んだりが多いという。
そんな中に少し前まで一人の男子がいた。僕と同じ学年で、眼鏡をかけた大人しい感じの彼はずっといじめに悩んでいたらしい。
彼は中学に入ってすぐに家庭の事情で転校して来た。
最初は物珍しさで仲良くしてくれていた友人達が、次第に友人である事を餌に彼をいじって楽しむようになっていった。
傍から見れば友人同士のじゃれあいに見えても、服の下が痣だらけだったらそれはただの暴力だ。
彼は情緒不安定になり、教室にいられなくなった。学校を休みがちになり、登校してきても、保健室に入り浸ってお昼休みには帰ってしまう。
おばちゃん先生も心配していたが、ある日彼の母親が学校に来た。
子供の様子にいたたまれなくなって相談に来たのだ。
例によって個別指導室で話し合いがされたので詳しい話はわからないが、良くない友人関係を断ち切るためには転校するしかないという結論だったようだ。
元々、前の転校は両親の離婚によるもので、慣れない親子二人の生活で子供の様子をしっかりと見守る事が出来なかったのも、不登校の原因の一つだったかもしれないという事で、今度は実家の祖父母と同居することにしたらしい。
三学期の終わり頃、たまたま彼が保健室にいた時、おばちゃん先生がトランプやろうと言い出して、若先生と僕と四人でババ抜きをやった事があった。
今から思えば転校する彼に最後の思い出を作ってあげたかったんだろうと思う。
彼は始めこそ戸惑った様子だったが、遊んでいるうちに笑顔が溢れ出していた。
その日、珍しく六時限まで保健室にいた彼は、僕と途中まで一緒に帰った。取り止めのない話をしながら学校の前の細い道を歩いていく。
しばらく行くと大通りに出るのだが、そこで彼が立ち止まって僕を見た。
「伊藤君はさ、どうするの」
「どうって」
だいたい言いたいことはわかってるんだけど。
無言の僕に、彼は少し俯いた。
「僕は新学期から別の学校に行くんだ」
「うん。知ってた」
顔を上げた彼はそっかと呟いた。
「うまく行く様に祈ってて」
彼は手を振って右に曲がって行った。
「了解」
僕も手を振って左に曲がった。
未来を変える為に、歩き出した彼と、また同じ日々を送る僕。
夕日は同じように二人を赤く染める。
彼を見たのはこれが最後。
今、どうしてるのかなと少しは心配だけど。彼の未来が変わったことは間違いないだろう。
ーーーー次回予告・帰国子女
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