13.
どれくらい泣いたか。
あまりに泣きすぎて、途中でなんだか滑稽に思えてしまえて、今度は笑いが止まらなくなってしまった。
「やあね。子離れするときにも同じようなことがあったはずなのにね」
子どもが夫に変わっただけでしょうにと自分をたしなめてまた笑った。
その涙と笑いの落差に、サエはただ戸惑うばかり。
その横で、今さら現れた篁が呆れたように息を吐いた。
「ところでこれはどうする?」
分厚い封筒を取り出して加須美に見せつけた。
加須美は少し悩んでからぽんと手を打つ。
「あらためてお願いするわ」
姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「炒飯を食べて解決したんじゃないの?」
「ええ、まあそうなんだけれど、ほら、あれよ。ここで恩を売っておけば、しばらくは私の存在を有り難がってくれるでしょう?」
「まあ、たくましいことで。心配して損したよ」
「あら。心配してくれていたの? ありがとう」
加須美は強引に篁の手をとって握手を交わす。抱擁を断られたところで、今度はと、サエの手をしっかり握った。
「サエちゃんも、ありがとう」
感謝を込めて笑顔を見せた。
しかしサエからは困惑した表情が返ってくる。
「私、何かするどころか加須美さんを悲しくさせることを言っちゃったのに」
しょんぼりするサエに対し、加須美はいっそう口角を上げた。
「寂しくはなったけど、だけどおかげで自分の気持ちに気づくことができたわ。サエちゃんのおかげよ。ありがとう」
「そ、そう?」
サエはまんざらでもないといった様子で加須美の手を握り返した。こちらはしっかりと抱擁を交わし、離れ際にはお互い、無邪気な笑顔で顔を合わせた。
「さて、もうひとりね」
加須美は二人に背を向けて、思い出の中の夫と向き合った。
「あなた。最後にあなたの特製炒飯を食べられて、私、本当に幸せでした。ありがとう」
炒飯が苦手なことは最後まで言えなかったけれどと笑う。
そのとき、不意に夫と目が合ったような気がした。
実際にはそんなことは起きるはずがないのだが、加須美は確かに目が合ったように感じた。そう感じるほどに、夫はまっすぐに加須美の方を見つめていた。
そして言うのだ。
「家のことをもっとできるようになるからさ。だからお前も、たまにはゆっくり休みなさいよ」
ウンと、自身の言葉に頷いてから缶ビールに手をのばす。しかし中身はすでに空だったようで、気まずそうに頭をかいた。
「あなたったら。せっかく泣き止んだ人に、そんなこと言う?」
加須美は笑った。
嬉しさと寂しさと悲しみとが一緒にあふれてきてどうしていいかわからなくなった。だけど、夫の照れ笑いした顔がすべての感情をひとつにまとめてくれる。
愛おしいと思った。
その一言につながっていると思えば、どんな感情も怖くはなかった。寂しくてもかなしくても、もう平気だった。
「あなた、ありがとう。お言葉に甘えて、休ませてもらいますね」
加須美は夫に向けて両手を伸ばした。
「家のこと、任せましたからね。しっかりできるようになるまでこっちに来ちゃ駄目よ。大丈夫。私もあなたもきっと大丈夫よ」
けっして触れることのできない夫の手に自分の手を重ね、加須美はもう一度「大丈夫」と微笑んだ。
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