11.

 何かを考えるような隙はなかった。

 フライパンに注いだ溶き卵の縁がぶわっと固まった。黄色の花が咲いたようだった。

 と、その花を潰してしまうように中心に白飯を落とす。

 サエの言葉の通り、そこからはあっという間だった。

 はたから見ていると何をそんなに急ぐ必要があるのかと思えるほどに、せわしなく木べらを動かしフライパンを揺する。

「普通に、炒飯を作っているみたいだね」

 篁が感心した様子で言った。

「ん? 炒飯を作るって最初から言っていたでしょ」

 白飯と卵を混ぜながら、ほぐしながら、サエは声を張り上げた。

 細かく揺すっていたフライパンを、一度だけ大きく振った。

 高く舞ったご飯の粒が、パラパラと下りていく。

 あ、これは私の苦手な炒飯だ。

 加須美は反射的に表情をゆがめた。油をまとった米の匂いと、卵焼きに似たあまさが、鼻の先をかすめていく。

 鍋肌にまわした醤油が香ばしい匂いを漂わせても、チクチクと嫌な気配が胸を刺す。

 だけど知っている。

 バットによけてある食材をフライパンに戻せば、いつもの夫の味になる。

 パラパラだけどしっとりの、あの主夫デーの炒飯になる。

 加須美は咄嗟に天井を見上げた。

 瞳の表面にうっすら涙が張ったのを自覚して、どうしていいかわからなくなった。

 特製ダレの匂いがふわっと香って、間もなくできあがりだと知らせる。

 だけどまだ加須美は視線をもとに戻すことはできなかった。もとに戻したなら、フライパンを振るサエの姿を目にしたなら、きっとそこに夫の姿を重ねてしまうのだと思った。

 そうしたら、すべてがはっきりしてしまうような気がして、怖くなった。


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