7.


 こうするとなんでも作れるの。

 そう言ってサエが『炒飯』という文字を飲み込んだ。

 短冊から文字を剥ぎ取りそれを口にするという行為はそれなりに衝撃的なものであったはずなのに、加須美の反応はごくわずか。

「あらまあ」

 と一言こぼしただけだった。

 というのも、彼女の興味は炒飯が選ばれた理由に向いていたのだ。

「どうしてかしらねえ。残ったものの方が魅力的に見えるんだけど……」

 右に左に首を傾げては、腕組みをしてうーんと唸る。

 大好物や得意料理が並ぶ中、炒飯が選ばれたことに納得がいかないようだった

「もしかして、嫌いな食べ物だった?」

 心配のあまりサエが問う。

「嫌いというわけではないのだけれど……。ほら、パラパラしてるでしょ」

 それが苦手なのだと言うと篁が呆れて声を上げた。

「パラパラしてるから美味しいんでしょ」

「でもどうしてもパラパラが苦手なんだもの。食べさせてくれるって言うのなら、隣りのそれ、マカロニグラタンの方が嬉しいのに。ほんと、どうしてかしらねえ」

 頬に手を当て考え込むが、サエが厨房に並べた材料を目にして表情を変えた。

「あら、やだ。そういうことね」

 フフと照れくさそうに笑う。

 サエが選んだ『炒飯』は、加須美があまり得意ではないと言った一般的な炒飯とは少々異なるものだった。

「材料でわかったの?」

 サエは不思議そうに調理台を眺めた。

 一般的な炒飯の材料というものを篁に教わりながら、ひとつひとつ答え合わせをしていく。

 卵とご飯はもちろんある。

 長ネギではなく玉葱というのも、まあ許容範囲らしい。

 しかし、そのまわりにずらりと並ぶ品々は篁の解説には現れなかったものばかりだ。

「鶏肉、にんじん、しめじとニンニクの芽。ショウガ、ニンニクはあったかも? あとは……調味料?」

 塩、コショウ、醤油という基本的なものに加え、いくつかの瓶が置かれていた。

「そのときどきで違うらしいのよ。多いのはオイスターソースと焼き肉のタレ、それと豆板醤かしらね。他にも私の料理ではまず使わない珍しいスパイスとか調味料とかを入れたりするのよ」

 加須美が瓶をひとつひとつ確認する。

「シンプルだから、これは一回目の炒飯かしら」

「シンプル? これで?」

 思わず篁が声を上げた。しかしもう一つ気にするべき事柄に気がついたようで、彼女の言葉をなぞる。

「一回目の炒飯というのは、どういうこと?」

「ああ、それは、」

 言いながら加須美が手に取ったのは、カウンターに置いてあったペンとメモ帳。そこに何かを書き付け、サエたちに見せた。

「主夫デー?」

 サエが読み上げると、加須美は一段と優しい笑顔を見せた。

「そう。これは一回目の主夫デーのときに夫が作ってくれた炒飯なの」


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