6.

「父は私以上に料理ができない人だから、だいたいインスタントか買ってきたお惣菜だった。母は『手作り至上主義』っていう人だったから、それで私にレシピを託したのよね。休みの日だけでもいいから、ちゃんとご飯を作って、父と弟に食べさせてやってくれって」

 母にとっては、ポークチャップは『簡単で、家族みんなが好きな食べ物』というイメージがあったようだった。

 実際そうだったと思うと恵は言った。

 好みがバラバラな家族なのに、ポークチャップはみなが好んで食べていた印象がある。

「カレーとかでもよかったんじゃない? さすがにみんな好きでしょ」

 篁が口を挟むと、恵は苦笑をこぼした。

「うち、カレーは必ず辛口と甘口の二つを作ってたのよ。入っているものも微妙に違ってね。小さい子がいるわけでもないのに、母もよく面倒くさがらずにやってたわよね。もちろん、私は面倒だからそんなことしない。今でもしない」

 なぜか自信たっぷりに言う。

 そんな事情で教わった母の味。

「唯一ってことは、お母さんはそのまま……」

 サエが材料を用意しながら尋ねる。

 寂しそうな顔を見せるサエに対し、恵はあっけらかんと言い放った。

「今でもぴんぴんしてるわよ」

 その答えにサエの動きが一瞬止まる。

 その直後、勢いよく恵を見て、なんとも言えない複雑な表情を見せた。

「え? えー?」

 ガッカリするのも違うし、素直に喜ぶのにも抵抗がある。だからサエは、泣きそうにも怒っているようにも見える顔で、必死に何かを訴えていた。

「それなら他の料理も教わっていそうなものだけど?」

 篁が言うと、サエはうんうんと力強く頷く。

 しかし恵は逆に「どうして?」と問い返した。

「あなたの若い頃なら、今よりもずっと『家事は女の仕事』っていう時代だったんじゃない?」

 篁は冷静に問う。

 そうだとしたならば、実母か姑かに厳しく手ほどきされていそうなものだ。

 恵は「そうね」と深く頷いてから、一口だけお茶を啜って唇を湿らせた。

「仕事をしていようが、夫より収入が良かろうが、そういう時代だからやっぱり姑は厳しかったわよ。でもどちらの親とも離れて暮らしていたから、『家の味』みたいのを教わる機会がなかった。……必要もなかったかな」

 恵はあえてそう言い直した。

 自分自身だけでなく夫も仕事が忙しく、家で食事とることはほとんどなかった。

 たまに料理をするとしても、野菜を適当に煮込んだだけの汁物だったり、肉や魚を焼くだけだったりで、名前のある料理なんて数えるほどしか作ったことがなかった。

 そのひとつが、母から教わったポークチャップだった。


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