16.

 崕はしかめっ面で、シナモンロールの入った袋と向き合っていた。

 それはまるで、プリントされたゆるキャラと睨み合いをしているようで、サエは思わず笑ってしまった。

 どうしたのと崕に聞かれて、サエは慌てて取り繕う。

「崕くんこそ、難しい顔してどうしたの?」

 三国紗那を追うためには一刻も早く出発しなければいけないというのに、崕はすぐには動かなかった。

「あのさ、これ持って行けないかな」

 そういってゆるキャラの描かれた袋を指差す。彼女と一緒に食べたいのだという。

「もちろんよ! あ、でもいつもはお持ち帰りはやってないから、他の人には内緒ね」

 サエは自分の口元に人差し指を当てて笑った。ついでに篁にも口止めをする。

 篁はカウンターのいつもの席に陣取り、頬杖をついて二人の様子を眺めていたが、何か思いついたようで嫌な笑みを口元に乗せた。

「そんなもの持って行ったら、衣鈴樹の婆さんと間違いなく揉めるだろうね」

 いいのかい、と試すように言う篁。

 しかし崕は怯むことなく、むしろ強気な笑みを見せて言葉を返す。

「それでも持って行きたいんだ」

「揉めたらどうする?」

「『お願いします』『ごめんなさい』『ありがとう』でなんとか乗り切る!」

「そうか。まあ、せいぜい頑張るんだな。ほら、追いつけなくなるぞ。急げ急げ」

 追い払うような仕草を見せると、あとは知らぬとばかりに顔をそらした。

 それでも崕は篁に向かって丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございました!」

 篁は何も答えなかったが、崕は満足そうに笑った。

「サエさんも、ありがとう」

「どういたしまして! 三国さんによろしくね!」

 こちらは向き合い握手を交わす。お互いにぎゅっと力を込めると、どちらからともなく笑みがこぼれた。


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