11.

     ***


「私ね、こうすると何でも作れちゃうの」

 そう言ってサエは指でつまんでいた『文字』を口の中に放り込んだ。

 その姿を隣で興味深そうに見つめる少女がいた。

 彼女はこの店を訪れたとき真っ先にこう尋ねた。

「崕ヤマトという男の子は来ていませんよね?」

 毅然とした態度をとってはいたが顔面蒼白で、言葉に表せぬほどの不安が顔に張り付いていた。

「大丈夫? 落ち着いた? まずはご飯でも食べて元気を出してね」

「お腹も空いていないし、今何を出されても喉を通る気がしないわ」

「それでもあなたが食べたくなるようなもの、私は作れるよ。ね。信じてみて」

 そうやってなんとかなだめ、サエは彼女の記憶にある料理を探った。

 客の心の内を写すという八枚の短冊には、母親の手料理や友人たちとの会食の思い出が表れたが、その中からサエが選んだのは『シナモンロール』だった。

 それが選ばれたと知ると、少女はうつむいてしまった。肩の辺りで切りそろえた黒髪がさらさらと流れ彼女の表情を隠してしまう。しかし、顔を見ずとも言葉を聞かずとも、彼女の悲しみがひしひしと伝わってくるのだ。

 肩が小さく震え、必死に声を飲み込む気配がみてとれて、サエはたまらず少女を抱きしめた。

 少し経って落ち着いた頃に、サエはそっと顔をのぞき込んだ。

「作ってもいいかな?」

 ほんの少しのためらいのあと、少女は決意したように頷いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る