8.

 怒ったり悩んだり落ち込んだりと、様々な感情の間を行ったり来たりしていたサエに、篁がようやく声をかけた。

「『崕くん』のために何をすべきか、よーく考えるんだよ」

 わざとらしいくらいに『崕』という名を強調する。

 意地の悪い言い方だとしてもきっと意味のある言葉を投げてくれているのだと信じ、サエは頭の中で篁の言葉を復唱した。

 何度も復唱して、口ぶりを真似て、そしてはっと気がついた。

「『崕くん』」

 サエは言いながら崕の顔を見た。

 自分の発した言葉なのに、不意を突かれたような反応を見せる。

「はい、なにか?」

 その様子を怪訝な目でうかがいながら崕はしっかりと返事をした。

「崕くん?」

「だから、なんですかって」

「崕くんだよね?」

「……頭だいじょうぶ?」

「崕くんだ」

「ちょっと篁さん。なんかおかしくなってますよー」

「そうだ。崕くんだ! わあ、なんですぐ気づかなかったんだろ!」

 サエは興奮した様子で崕を指差し声を上げた。篁の顔を見て、崕くんだよと訴える。しかし喜びにほころびそうになった顔は一転してやや曇り、彼女の口からは誰に対してなのか「だって、ここ数日忙しかったんだもん!」などと言い訳じみた言葉が漏れた。

「でも大丈夫! 崕くんが『崕くん』だってわかったからもう大丈夫! このサエさんに任せておいて!」

 元気いっぱいにどんと胸をたたく。

「あ、ええと……じゃあ、よろしく」

 呆気にとられた崕くんはそう返すので精一杯だった。


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