5.
三途の川のほとりにあるこの食堂では、時間の流れというものがいまいちわかりにくかった。
崕がたどり着いてからどれくらいの時間が経過したのか。
彼が騒がしかったうちはあっという間に時間が過ぎていくような気がしたが、今はゆっくりゆっくりと流れているようだった。
そうして考えてみれば、本当はつかの間の時間だったかもしれないのに、サエは静かすぎる状況が続いていることに耐えきれず不必要に声を上げた。
「わー!」
両手を高く上げ、万歳でもするような体勢で篁と崕とを順に見た。
ついでにこれでもかと全身を引っ張り上げ背筋を伸ばす。
もう伸ばせないというところまでたどりついたのか。ふうっと息を吐きながらいつものサイズに戻ると、「よし!」と気合いを入れた。
「ここに来たってことは、何か未練とか心残りとかあるんだと思うの!」
厨房に入っていたサエはカウンターを乗り越えるくらいの勢いで崕に噛みついた。
ここはそういう人間が寄り道をする場所なのだと続けると、崕は困った様子で視線を右上の方へ上げる。
「俺の心の問題ってこと?」
「そう! だから、不安、不満、困っていること、なんでも言ってね。きっと力になるよ!」
さらに身を乗り出して迫るサエに、崕はたじろぎもせず、「ふうん」と軽く声を発するだけだった。
「どうかな?」「ないかな?」「あるよね?」 などと、たいした間も開けずにサエが問いを重ねると、カウンター席の端の方から重苦しいため息が聞こえてきた。
「サエちゃん。ちょっとの間黙っていてあげなよ」
さっきの仕返しとばかりに篁が自分の唇の前にバツ印をつくった。
サエは悔しくて何か言い返してやろうとするのだが、崕の様子を横目でうかがうとおとなしく篁の言葉に従った。
少年は呆けたような顔つきで微動だにせず、自らの頬杖にようやく支えられて座っていたのだ。
サエの目には『呆けたよう』に見えたが、どうやら彼は真剣に考えていたようだった。
その証拠に、サエがなんとかこらえて待ち続けていると、やがて「わかった」と声を上げた。
「わかったのね? それで、どうだった?」
サエが『もう待ちきれない』と目を輝かせている。
それでも少年はいたって冷静に、そして穏やかな声色で答えを口にした。
「たぶん俺、次に進みたくないんだと思う。生まれかわりたくないんだよ、きっと」
言ってから、瞬きを一度だけした。
自分の言葉を噛みしめるようなゆっくりとした瞬きだった。
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