3.

 彼は八日ほど前に死んだ。

 まだ十五歳になったばかりだった。

「ああ、ここに来た経緯とかはいいからね」

 そう言った篁は、少年がたどり着いた時には随分と疲弊しているようだった。

「どうせ他の奴らとそう変わらないだろうし。だから、いいね?」

と釘を刺されたにも関わらず、――いや、少年はそれが『釘』であったことにも気づかずに、食堂にたどり着くまでの道のりを一通り、しっかりと説明したのだ。

 たしかに篁の言うとおり、少年の話はこの食堂ではよく聞く話だった。細部に多少の違いはあれど、皆同じようなことを言う。

 どこともわからぬ場所を歩き、鬼に睨まれ泰広王しんこうおうとやらの前に突き出され、川の渡り方を指示されて、「さあ、行け」と追い立てられた後、へとへととになりながら積み石の塔が建ち並ぶ河原にたどり着いたのだと。

 そこで美味そうな匂いに気がつき吸い寄せられるように店へと向かうのだが、不思議なことに腹は減ってはいない。

 それでどうしたものかと怯むと、店の中から「ようこそ! 三途の川のホトリ食堂へ! まだまだ続くなが~い旅路に備えて、お腹いっぱい、心いっぱいに満たされていってね!」と元気いっぱいに声を投げられ、なんとなく足を踏み入れるわけだ。

「いらないって言ったのに」

 篁が苛立ちを隠さずに言ったが、少年は何が気に障ったのかわからないといったふうに篁とサエを見た。

「俺、どうすればいいの?」

 サエに耳打ちするように問いかける。

「篁さんのこと? これからのこと?」

「どっちもかな」

 少年は苦々しく笑った。

「篁さんはどうでもいいとして、」

「こらこら、サエちゃん。『どうでもいい』はないでしょ」

「いいの! 篁さんが入ってくると話が遠回りになるから!」

 黙っていてとつけ加えてサエはべえっと舌を出す。篁はほんの少しだけむっとしたような素振りを見せたが、サエの視線がさっさと少年の方に向いたのを見届けると口の端をくいと上げた。

 そんな二人のやりとりを見ながら、少年は屈託なく笑った。

「それで、俺はどうすればいいの? やっぱり、このあとどこかの世界に転生とかするの?」

 ニコニコと警戒心ゼロの顔を向け問いかける。

 その様子と発言に、サエはポカンと口を開けた。

「どこかの世界? 転生?」

 サエは右へ左へと首を傾げる。

「転生しないの?」

「転生って、輪廻転生のことかな?」

「リンネ? いや、なんか違うっぽいけど。え? だって俺、死んだんでしょ?」

「そうよ。死んだの。そこは合ってる」

「でしょ? じゃあ、やっぱり転生するでしょ」

「え? ……たぶんすると思うけど、それはここで決めることではないし」

「そうなの? ここって、パラメーターとか特殊スキルとか行き先とか、そういうの決めるところじゃないの?」

「ええと、ちょっと何を言っているか……」

 まったく噛み合わない会話にサエの方が音を上げた。

「篁さん!」

 眉をハの字にして助けを求める。

 だが篁はサエに視線を向けはしたが、何も言わずにいた。何かを待っているように、じっとサエと視線を合わせているのだ。

 サエはそれが何を意味するのかすぐに気がついて、唸りながら口を尖らせた。

「はいはい。『黙っていて』とか言ってすみませんでした! 謝りますから、たすけてください!」

最後の『い』の辺りに苛立ちを詰め込んで言う。

「しょうがないな」

 篁はにたっと意地悪な笑みを浮かべた。

「いいか、少年」

きしです。崕ヤマト。左に山って書いて、右に……なんか、こういうの」

 少年が宙に指で文字をなぞってみせる。

「これは現実だ」

 指の動きに目を向けることもなく篁が言った。

 少年は、篁が何を言わんとしているのか理解できずに目を丸くしている。

「わかってるよ。これは現実で――俺は死んだんでしょ?」

「そう。死んだ。そして、これから『こっち』でどう過ごすかを十王審判で決める」

「『こっち』っていうのは、異世界的なアレですか? そこでどう過ごすかっていうと、『強さを突き詰めるか、それともまったり日常生活か』みたいな」

「言っただろ。お前は死んだんだ。この先には、単なる極楽と地獄があるだけだ」

「転生してチートとかは……」

 期待を込めた問いかけだったが、篁の表情が険しいままであるのに気がついて、少年の勢いは削がれていった。

「……そういうのじゃ、ないんすね」

「そういうのはここではやっていない」

「ってことは! やっているとこもあるの?」

「何度か死んでみれば、いつかはそういうことにめぐり逢えるかもな」

「そうかー。いつかはあるかもしれないのかー」

 どこまで理解しているのか、崕と名乗った少年は悲しむよりも先に、どこかにあるかもしれない『異世界的なアレ』を思い浮かべながら目を輝かせていた。

 しかしそれは長くは続かなかった。

 希望や好奇心に彩られていた眼差しは、やがて光を失い、視線はどこか一点に定められたまましばらくの間動かなかった。

 それは急激な変化ではなく、パンパンに張りつめていた風船がゆっくりとしぼんでいくような変化だった。

 崕はふっと息をつくように儚い笑みをこぼしてから、「あーッ!」と大きな声を上げた。 

怒りのような嘆きのような、どちらでもなくどちらともとれるような声を張り上げ、その後にはやけにスッキリした顔つきで天井を見上げた。

 手も足もだらしなく放り出し、椅子の背もたれに体をあずけて、天井の一点を見上げていた。

「そっか。転生とかないのか。じゃあ、俺どうしたらいいんだろな」


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