5.

     ***


「なんでだよ」

 篁には珍しく、感情的な発言となった。

「サエちゃんにはわからないかもしれないけど、」

 そう言って短冊の前に立つ。

 創作フレンチの名店で提供された前菜の盛り合わせ。

 隠れ家天ぷら屋の絶品かき揚げ。

 行列必至の老舗そば屋の究極のざるそば。

 知る人ぞ知る下町の名店の名物ビーフシチュー。

 江戸前の仕事が光る有名寿司屋のコハダの握り。

 本場の味が楽しめる中華料理屋の至高の麻婆豆腐。

 百年以上継ぎ足した秘伝のタレでいただく鰻店の蒲焼き。 

「どれもこれも、『死ぬまでに一度は食べたい』と言われている逸品ばかりだよ」

 篁は驚いたような感心したような様子で樽前の顔をのぞいた。

「こんなこと言っちゃなんだけど、見かけによらずずいぶんと良いものばかり食べているみたいだね」

「これは子どもたちが大人になってから記念日なんかに連れていってくれたものさ」

篁の言いぶりに気を悪くしたような様子はまったくない。それどころか樽前は照れたように笑っていた。

「こいつらにこんな店に連れてってもらえる日が来るなんて―と感慨深かったからね」

「だから思い出の料理にずらっと並んだってわけか」

「なんだか、味もたいしてわからないのに美食家を気取っているみたいで恥ずかしいな」

 樽前は篁が読み上げた七つのメニューを見上げながら頭を掻いた。

 そうしながらも、この店はどんな雰囲気だったとか、マスターが気さくな人でとか、料理がどれだけ美味しかったかとか、それぞれの思い出を嬉しそうに懐かしそうに話す。

 隣りで聞いていた篁は「うらやましいよ」とたいして感情も込めずにさらりとこぼした。

「思い出もあるようだし、当然旨かったようだし。……それなのに、よりにもよって、どうしてそれを選んだ?」

 こちらの一言にはさまざまな感情がこもっているようだった。

 怒り、驚き、落胆。

 それらは、とあるメニューを『飲み込もう』としていたサエに向けられたものだった。

「だってこれが一番輝いていたんだもの」

 そう言って、手のひらに乗せていた文字の最後の一字を飲み込んだ。

「あそこに書いてあった、文字だよな」

 樽前が一番端の短冊を指差した。

 白紙の短冊。

 そこにはついさっきまでたしかに文字が書かれてあった。それをサエが貼り紙でもはがすようにぺりりとつまみ上げ、あろうことか飲み込んでしまったのだ。

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