3.

     ***


 食堂内にサエの唸り声が響いた。

 両腕を胸の前で組み、納得いかないといった面持ちで首を傾げる。それだけでは足りなくて、「うーん」と重たい声を響かせた。

 それは樽前のとった行動のせいだった。

 自分の身に起きたことを一通り話し終えると、樽前はすっきりとした様子で食堂から立ち去ろうとしたのだ。

 サエは慌ててその手を引いた。

「だって、ここに来る人はみんな、不安とか不満とか、三途の川を渡る前に困っていることとかがあって、それで『じゃあ、この店主サエさんが一肌脱ぎましょう!』ってことになるの!」

 それなのに、何もしないうちに満足そうな顔つきで出て行かれると、どうしていいかわからなくなる。

「本当に困ったことない? ほら、お店に入ってきた時はちょっと顔色も良くなかったみたいだし、よくよく考えたら困ってたりとか」

 なんとか自分の出番を得ようと必死に食い下がるサエだが。

「まあ、戸惑いはしたけどさ、話しているうちに『やっぱり俺は死んだんだなあ。仕方ないなあ』ってことでさ」

 サエがどんなに頑張ってみたところで、当の本人は何の未練もないといった風で、清々しい顔つきをしていた。

「考えても、なんにもない?」

 しまいにはねだるような声色になる。

「そう言われても」

「そこをなんとか!」

 最終的にはすがりつき、

「だって、それじゃあ私がいる意味がなくなっちゃうよ」

 泣き落としかというほどの弱々しい様子で樽前の手を握った。

 困り果てた樽前の視線が自然と篁の方へ向く。

「どうしたらいいんだろう」

 苦笑いしながら樽前が言う。

「どうしたらいいの?」

 眉を八の字にしてサエが続く。

篁はわざとらしく大きなため息をこぼした。

「俺は何でも屋じゃないんだけどね」

 煩わしそうにそう言いながらも、隣の席に置いていた鞄から何かしらの書類を取り出し、さらさらっとペンを走らせる。書き終えて、ペンのキャップをパチンとかぶせると、それが合図であったかのように、カウンターに小さな鬼が現れた。手のひらに乗るほどの小さな小さな青い鬼。

 篁は書類を無雑作に畳むとその鬼に手渡した。

 抱えるように書類を受け取った鬼は、篁が指を鳴らすと、その場から忽然と消えた。

「今のはなあに?」

「まあ、何も聞かずにお待ちなさいよ」

 サエと老人の不思議そうな顔を眺めて、篁は口の端を上げた。

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