8.

     ***


「もし良かったら、お二人もどうですか」

 仁山は残り少なくなってからサエと篁に声をかけた。目元の赤みは消えないが、あふれ出ていた涙はすっかり止まっていた。

「いいの?」

「ええ。こんなもので良ければ」

「『こんなもの』って。一応、作ったのは私だけど」

「ああ、すみません。そういう意味ではなかったのですが……」

「わかってるよ。あんたにとっては特別でも、俺から見たら普通のサンドイッチだものな」

 そう言って篁が一つつまむ。

「篁さん!」

 サエがたしなめたが当の仁山は嬉しそうに笑っていた。

「いえ、そのつもりで言ったので。篁さんの言うとおり単なるサンドイッチです。そうなんですけど、なんとなくこの味を二人と一緒に分かち合いたいと思ってしまったんです」

 仁山の笑顔に、サエは心からの笑顔で応えた。

「私たちで良ければ、ぜひ! ……あ、でも一つ問題があるんだよね」

 玉子のサンドイッチをつかみかけて、サエはとっさに手を止めた。

「腹をくくりなさいな」

 すかさず、篁は自分自身が手に持っていたハムのサンドイッチをサエの口に押し込んだ。

 この三途の川のホトリ食堂において美味しいものを分かち合うためには、たったひとつ条件がある。

『味だけでなく、思い出も感覚も分かち合うこと』

 そういうわけで、サエはたちまち雪山の中に放り出されたのである。

「うわ、寒い! あ、カラシがつーんと! …………あ、でも美味しい! もう一個食べてもいい?」

 ぶるっと震えたり、カラシの刺激に涙ぐんだり、美味しいと喜んでみたり。何かと忙しいサエを尻目に篁は仁山にそっと名刺を手渡した。

「何が出来るというわけではないけど、十王には顔が利くから、本当に困ったらこれを見せるといい。黄泉がえらせるというのは無理だが、まあ、少しは役に立てると思うよ」

 ただししっかり報酬はいただくけどねと付け加えて篁は笑った。

 差し出された名刺を一旦は手に取った仁山だったが、印字されている文字をさらっと目で追っただけで、すぐさま篁に突き返した。

「大丈夫です。私にはサンドイッチがありますから。三途の川を渡る決心も、もうつきました」

「そうかい。それなら」

 篁は名刺をしまい、代わりに今度は右手を突き出した。

「大変だろうけど、頑張ってくれよ」

「ええ。今度こそ、頑張ります」

 仁山は同じように右手を突き出し、力強く篁の手を握った。




 間もなくして仁山は三途の川の山水瀬に足を踏み入れた。

 サエも篁も河原まで出向いて見送りはしたが、三途の川は対岸の見えぬ大きな流れだ。やがて仁山の姿は川面の霧に包まれてサエたちからは見えなくなった。

「仁山さん、大丈夫だよね」

「さあ。どうだろうな」

「大丈夫だよ! だってうちの店でご飯食べてったもの!」

 自信たっぷりのサエに、篁は皮肉たっぷりの笑みを見せた。

「ハイハイ。そうだねー。そうだといいねー」

「なんでそんなに棒読みなの! もっと心を込めて、ハイ、やり直し!」

「誰がやるか」

「やるまでコーヒー淹れないからね! お茶も出さないからね! っていうか、これぶつけるよ!」

 河原の石を手に持ったサエ。

 その姿を見て篁は焦りながら遠くの方を指差した。

「そんなことより、サエちゃん。あれ。あっち。ホラ、次のお客さんが来たみたいだよ」

「え、ほんと? どこどこ? 今日は忙しい日だね」

 言いながら目を凝らしたサエは、遙か彼方に人陰を見つけると、そちらの方へ向かって大きく手を振った。

「ようこそ、ここは三途の川のホトリ食堂だよ! まだまだ続くなが~い旅路に備えて、お腹いっぱい、心いっぱいに満たされていってね!」

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