6.

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 それは小学生のときの話です。

 そもそも、普段の昼食は学校の給食なので、『弁当』というだけでも私には特別なものに感じられました。遠足に運動会、家族とのドライブやハイキング。そういう時にしか食べられない『弁当』というものは、入っているもの自体はなんでもない料理だったとしてもそこに詰められているというだけで、他にはないご馳走のように感じたものです。

 小さな弁当箱のフタを開けるときのワクワク感。

 好物の唐揚げは入っているか。

 ご飯には何味のふりかけがかかっているか。

 朝起きたときウインナーを炒める匂いがしていたのに朝食に出されなかったから、きっとここに入っているのだろう。

 そんなことを考えながら、期待しながらフタを開けました。

 そんな弁当の中でも、特に待ち遠しいものがありました。

 私の通っていた小学校では季節ごとに遠足がありましたが、その弁当は冬の遠足のときにだけ持たされるのです。

 ああ、冬の遠足ですか? そういえば、東京出身の友人にも「冬に遠足に行くのか」と驚かれたことがあります。

 一応、『スキー遠足』と呼ばれるものなんですけど、私が住んでいた地域はあまりスキーが盛んなところではなかったので、滑れる子どもは少なかったんです。

 だから、スキー遠足とは名ばかりで、クラスの半数以上はソリ組でした。

 バスで近場のさびれたスキー場に行き、駐車場付近の雪野原にレジャーシートを敷いてその上にリュックサックを放り投げ、私たちはソリ専用のコースを目指して駆け出すのです。リフトも階段も、上を目指すための設備など何もないだだっ広い斜面を、プラスチックのソリを片手に登るのです。

 上にたどり着いたら、友人たちと横一列にならんでせーので滑り出し、斜面に突き出したこぶを越えるたび大きく跳ね、時にはソリごとひっくり返ったりしながら、あっという間に滑り降りてしまいます。

 疾走感が連れてくる興奮が冷めないうちに、私たちは再びコースのてっぺんを目指します。

 そんなことを何度か繰り返していると、やがて教師たちの声が聞こえてきました。

 コースの終点辺りを見遣れば、何やら叫びながら大きく手を振っています。

 遅れて登ってきた他のクラスの生徒たちが、

「あと一回すべったら、昼休憩だってさ!」

 そう大きな声で呼びかけます。

 私は名残惜しい気持ちになりながら、しかし弁当のことを思い出し、誰よりも速く滑り降りました。

 雪原に敷かれた色とりどりのレジャーシートと、無雑作に置かれた赤いソリ蒼いソリ。

 シートが風で飛ばぬように重石にしていたリュックサックから弁当箱を取り出して、かじかんだ手でそおっと開けました。

 一口大の、真四角に切りそろえられたサンドイッチがびっしり詰められ、隙間を埋めるように、ほんの少しの唐揚げと彩りのためのミニトマトが添えられていました。寒さで指の自由がきかなくなっても食べられるようにと、箸を使わなくてもよい弁当になっていたのです。

 それに、荷物の置き場所も食事場所も外ですから、おにぎりやなんかのご飯ものだと冷えすぎて美味しくないのです。うちの母はそれを嫌って、冬の遠足には必ずサンドイッチを持たせてくれました。

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