第41話 かごめと妖子


 かごめの同級生である唐沢聖、獅戸伽藍、牡渡無蒼空、丹下つづらたちが拉致され、ついにカルト団体『まほろばの宝輪』教祖・曽我善法が子之神竜に牙を剥いて来た。

 刺客に送り込んだはずの金村我聖と白真永、金直会会長・金直人、その部下の李正雄らは皆、行方知れずとなっている。片山妃那子ら自分の関係者が相次いで姿を消したり、死体で発見されている。更に、子之神一家拉致目的で送り込んだ信者らの凄惨な死様など知る由もない。カルト団体『まほろばの宝輪』教祖・曽我善法が張り巡らした蜘蛛の糸が少しづつ切れてはいたが、その背景には竜の想像を越えるどす黒い存在があった。


「お父さん…」

「ああ…愈々だな。英雄さんたちにまでご迷惑を掛けて申し訳ない」

「そうじゃないよ、竜さん。この村は悪い人が消える村なんだ。我々の問題でもある。曽我善法の背景には竜さんの想像以上の化け物どもが蠢いている」

「・・・ !?」


 一同は山小屋で戦闘準備に入った。とにかく拉致されたかごめの同級生を奪還しなければならない。


 かごめの実父・矢沢将は、『まほろばの宝輪』の信者だった。妻の美里とは『まほろばの宝輪』の主催する自己啓発セミナーで知り合った。『まほろばの宝輪』は、セミナーに集まった人たちを洗脳して信者にし、全財産を吸い上げ、様々な利益追求団体を全国に張り巡らせて伸してきた。

 『まほろばの宝輪』は日本国籍を得た一握りの元移民者が中枢となって運営し、末端の日本人信者が奴隷のように働いていた。中でも能力のある矢沢将は、様々な業界に潜入し、スパイとして送り込まれ、内部事情にも詳しくなっていた。しかし、ある日、妻の美里が疑問を抱いた。彼女が勧誘した親友が、脱会のトラブルで謎の死を遂げたからだ。夫の矢沢将は秘密裏にその経緯を調査して驚くべき事実を掴んだ。妻の親友が “護衛部” と称するゴロツキ連中に拷問の末に殺害されたことを突き止めたのだ。矢沢夫妻は脱会を決意し、妻の親友の死の真相を告発することにした。そして脱会した夜、矢沢一家は口封じされた。

 口封じには、『まほろばの宝輪』が運営する孤児院上がりの3人がヒットマンとして送り込まれた。矢沢家は夫妻と10歳の長男・雅人と8歳のかごめの4人だった。


 幼いかごめは、何故ヒットマンの手を逃れることが出来たのだろう…その日、8歳になったかごめは、地下シェルターのお泊り当番だった。

 矢沢家は交替で地下シェルターでの寝泊りをすることが慣例になっていた。緊急事態に備え、家族の誰もが即応できるようにするためだ。矢沢将は『まほろばの宝輪』でのスパイ活動をするようになって、身の危険を感じるようになり、シェルターのある家を買った。地下シェルターへの入口もトイレや浴室からも入れるようカモフラージュされて分かり難い造りに改造されていた。

 住所はそれまで住んでいたマンションのままを装い、教団にも内緒で一家は今の家に引っ越していた。それにも拘らず、教団は矢沢の新居の住所を突き止め、3人のヒットマンを送り込んで来た。


 深夜、3人のヒットマンは音もなく侵入して来た。そして、将と妻の美里、10歳の雅人はそれぞれの部屋で同時に殺害された。


「もうひとり、娘が居たんじゃなかったか !?」

「探せ!」


 どこをどう探してもヒットマンたちはかごめを見付けられなかった。仕方なく3人は引き上げて行った。

 家族が襲われている頃、かごめは地下シェルターのモニター画面を凝視していた。予知能力のあるかごめは数日前に悪夢を見ていた。そして今、両親と兄が殺される悪夢のままのデジャブーの一部始終を見てしまった。


 かごめは小学校に入ったばかりの頃、家族で山菜採りに出掛けたことのある山小屋を目指して逃げた。山小屋は朽ち果てていた。そこに鬼ノ子村の長老・貞八が現れた。事情を聴いた貞八は警察に届けるのを警戒した。世間のあらゆる機関が『まほろばの宝輪』に浸食されていると感付いていたからだ。


 貞八は考えた。かごめを一旦、美里の兄が引き取る形にし、その兄の承諾を得た上でかごめを養女にした。当然、兄の元に『まほろばの宝輪』の触手は伸びたが、実質、一日も兄の元にかごめが居なかったことで、追手はかごめの消息を見失った。

 貞八がかごめを引き取って一年ほど経った頃、鬼ノ子村に映画撮影のロケ隊がやって来た。地元出身俳優の松橋龍三が出演する『怪談しのび狩り』の撮影だった。原作・脚本・監督が子之神竜である。子之神竜は難題をひとつ抱えてクランクインしていた。ヒロインの幼い女の子がまだ決まらずにいた。

 或る日、鬼ノ子山中での撮影の安全対策のために、貞八を筆頭に英雄や辰巳が駆り出されることになった。そこに一緒に現れたのが9歳のかごめである。竜は人目で気に入った。イメージに描いたとおりの小さなヒロインが目の前に現れたのだ。


 現地撮影も無事終了し、竜は意を決して貞八に “かごめを養女にしたい” と申し出た。貞八は竜のことは気に入っていたが、あまりにも違う世界の人間ということで渋った。ロケ隊は帰ったが、竜はまだ帰らず、東京から妻の妖子を呼んで貞八に会ってもらった。貞八は妖子を見て驚いた。以前にどこかで会ったような気がした。しかし、そんなわけはない…何かの勘違いだろうと思い直した。東京から来た妖子を見て、何と上品な都会の女性なんだろう…かごめが、こんな立派な女性の子になれるのかと思った。

 ところが、妖子は貞八にこの地での自分の黒歴史を打ち明けた。


 妖子はこの鬼ノ子村の出身だった。貞八の直観は中っていた。妖子にはどうしようもない母親がいた。その母親は鬼ノ子村の歴史に残るふしだら女だった。当然のことながら、妖子は母親のネグレクトに遭っていた。母親は半ば買春まがいの日々で、土地の男であろうと流れものであろうと、チェーン同居を繰り返していた。妖子に居場所はなく、母親の相手にすら身の危険を感じる年頃になって、ついに家を飛び出した。きっかけは母親からの売春強要で、妖子はついにブチ切れた。いつも携帯していたナイフで相手の男を刺殺してしまった。そんな妖子を見て、母親は笑って言った。


「おまえも私と同じだね」

「あんたとは違う!」

「どこが違うもんか。あんたには私と同じ汚れた血が流れてんだよ」

「だったら、同じ汚れた血が流れてるあんたを消して、私もこの世から消えるわ」


 妖子はナイフを構えて母親に向かって行った。母親は黙って立ったまま防御姿勢を取らなかった。寸でのところで妖子は手を止めた。


「どうしたの…やれよ、早く」


 妖子は母親の罠に嵌りそうな自分に気付いて、手に持ったナイフを母親に投げ付け、荷物をまとめて家を飛び出した。


 貞八は迷っていた。自分の歳を考えると、かごめを守れるのは限られた時間しかない。しかし、この片田舎で育ったかごめが東京の生活に馴染めるだろうか・・・

 ところがかごめは貞八の迷いを消した。


「わたし、あの人たちの子どもになりたい。じっちゃんのとこにも必ず戻って来るよ」


 それが、かごめの予言だった。そして10年後、高校生になるかごめは予言どおりに貞八の前に現れたのである。


 すっかり鬼ノ子村の一員になった子之神家…かごめは高校で親友たちも出来た。その親友たちが正体を明かさない敵によって拉致された。

 妖子が竜に渡した封筒には、かごめの同級生である唐沢聖、獅戸伽藍、牡渡無蒼空、丹下つづらたちとの交換場所が指定されていた。交換場所は根子ねっこトンネルだ。午前1時、トンネル中央に立って待てというものだった。


 500m強の根子トンネルは、国道105号から笑内おかしないを結ぶ唯一の車が通れる道だが、擦れ違えない幅なので2箇所に待避スペースが設けられているトンネルだ。


 敵は根子集落側から来るのか、国道側から来るのか分からない。トンネルは直線なので味方を潜伏させるような防衛も難しい。しかし、松橋英雄には作戦があった。


 午前1時…敵は根子側と国道側から挟み撃ちでやって来た。国道側の出入口から誰かが叫んだ。


「4人がそこまで歩いて行く! そこまで行ったらおまえら家族がこっちに来い!」

「挟み撃ちではその子たちが解放されるという保証がない! 根子側の連中を撤退させろ!」

「立場を考えろ! こっちの要求に従わなければ全員殺すだけだ! 我々は女子高生に用はない!」

「分かった! 言うとおりにする!」


 聖たちは中央に向かって歩き出した。


「雷斗…準備はいいか」

「うん」


 かごめは聖たちと合流してその無事を確かめた。


「さあ、子之神! 今度はおまえたちがこっちに歩いて来い!」

「分かった!」


 竜たちは歩き始めた。根子側の敵がトンネル内に一歩を踏み出した。


「雷斗、今だ」


 雷斗がスマホのボタンを押した。2箇所の待避スペースから白煙が上がり、次の瞬間、両側の出口に向かって催涙ガスが破裂した。防煙マスクをした竜たちは、聖たちを誘導して伏せたまま根子側の出口に向かった。根子出口では敵の連中が、トンネル上の山で木化けしていた根子マタギたちのナガサの餌食になって果てていた。


「竜さん、大丈夫かい!」


 根子マタギの長老・鈴木源平が声を掛けてくれた。


「源平さん !? 今回も助けていただいて何とお礼を申し上げていいか…」

「久し振りだったな、竜さん! この地ではご先祖の名誉に賭けて邪教どもによる犠牲者は出さない。あんたもよく頑張った」


 源平は竜に自分の仕留めた熊の爪の魔除けを首に掛けてくれた。


「竜さん、また会おう」


 根子マタギ衆は集落に下りて行った。国道側から貞八、英雄、辰巳がやって来た。彼らも国道側出口の上の山中で待機していたのだ。


「あの人たちは、根子マタギ最後の伝説のマタギ衆だ。源平さんには竜さんも撮影の時に世話になったろうが、いずれまた世話になることになろう」


 貞八らは去って行く根子マタギたちに、仕留めた時の称賛のマタギ言葉を贈った。


「お手柄おめでとう!」


 源平たちも振り返った。ナガサを抜いて空に掲げ、笑顔で応えた。


〈第42話「妖子と竜」につづく〉

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