第40話 しのび狩り
虎鈴の養父・松橋英雄一行は既に山小屋に到着していた。山小屋とはいえ、素人にはただの森の中の草むらにしか見えないが、一旦中に入ると要塞のように食料から武器弾薬まで全てが揃っていた。
英雄一行はしのび狩りの名人・
「奥さんはここで待っていてください」
妖子は断った。
「私も行きます。元山岳部でボルダリングもやってましたから山は平気です」
「どおりで足腰が軽いと思った」
「何なら銃砲所持許可もありますよ」
「今日は罠猟なんで、銃は使いません」
「あら、そうでしたね…もっと重要な人間狩りでしたね。でも、私はここで待ってる気はありません」
妖子の妖気は一同を圧倒した。
「分かりました。では、作戦に加わってください。奥さんは牙家さんと行動を共にしてください」
「ありがとうございます」
『まほろばの宝輪』のワゴン車が、竜の車を発見して停まった。中から7人の信者たちがゾロゾロと出て来た。
「山に逃げたな」
そう言ったまま、一同は動かなかった。誰もが日暮れの山に入るのを躊躇した。一人の信者・加納彰彦が題目を口にした。
「南無宝輪善法経、南無宝輪善法経、南無宝輪善法経・・・」
すると、信者たちも加納に倣って唱え始めた。加納が山に入って行くと他の信者たちも無抵抗に続いた。
雪がちらつき出した。
竜たちがブナの森の斜面を登っていると、早くも妖子を伴って牙家と英雄が下りて来た。
「これから先では今、仲間が罠を仕掛けているので、私の真後ろを一直線で付いて来てください。この子たちの殿は竜さんと奥さんにお願いします。その後ろに牙家さんが付きますんで」
「分かりました」
一同は英雄のあとに続いた。英雄は敢えて登り難い道筋を辿った。
「英雄さん、向こうのほうが上り易くないですか?」
竜は子どもたちのことを考えて聞いてみた。
「そうだね。追手も向こうの道筋を選ぶだろう。素人は歩き易いところを選ぶ。だからその道筋に罠を仕掛けているところだ」
「罠 !?」
「余所者が土地の掟を無視して他人の山に入るとどういう事になるか、教えてやらねばならない。死ぬ前にね」
雪が降る斜面を更に20分程登ると、罠を仕掛け終えた柴田、高堰が見えた。
「
「もうやつらの後ろに回った頃だね」
柴田の言うとおり、石田は竜たちの気付かないうちに山中で擦れ違い、『まほろばの宝輪』信者にも気付かれずに擦れ違って既にその後ろを捉えていた。寒さの備えをしていない信者たちは降雪で次第に体が冷えて来ていた。
「寒くなって来たな」
「一旦戻ったほうがいいんじゃないか?」
「私たちは教祖様からの勅命で来ています。そういう類の言葉は慎んでください…南無宝輪善法経、南無宝輪善法経、南無宝輪善法経・・・」
信者たちは思い直して加納に続いた。
「南無宝輪善法経、南無宝輪善法経、南無宝輪善法経・・・」
信者たちの後を付ける石田は呟いた。
「もうすぐ山神様が導いてくれるぞ」
英雄一行は隠れ家に到着していた。
「理沙さんは大丈夫か !?」
「辰巳さんが匿ってくれてます。それより、これ…」
妖子は竜に封筒を手渡した。それには、女子高生たちと竜一家の交換が要求されていた。
牙家と妖子はかごめと雷斗を連れて一足早く山小屋に戻った。英雄、竜、柴田、高堰らは斜面に潜み、追手を待った。
「どんな罠を仕掛けたんですか?」
「夜になれば地面が凍る。細かな細工のワナはこの時期には向いてない。単純な落とし穴とか “くくり罠” が確実なんだよ」
「くくり罠?」
「輪っかに足をくくらせる罠だ」
「罠に引っ掛かった獣は、その後どう処理するんですか?」
「仕留めたらすぐに内蔵を取り出して、阿仁川に一晩浸けとくんだ。流れは体の虫とか汚れを落とし、血も流し、臭みの無い肉にしてくれる」
「やつらは罠に掛かった後、どうなります?」
「運がよければ凍死」
「運がよければ?」
「そう運がよければな。運が悪ければ獣の餌食だな」
大きな悲鳴が上がり、すぐに治まった。
「落とし穴に掛かったな」
「分かるんですか?」
「底に立てた鋭利な杭に刺さったんだ。今頃生き地獄の苦痛を味わってる頃だ」
続けて軽い悲鳴の後、慌てたふためく声が聞こえて来た。
「跳ね上げ式のくくり罠に吊し上げられたな…これで二人目か。やつら、そろそろ戻ろうかどうしようか迷う頃だな」
英雄の読みどおり、信者たちは揉めていた。虫の息で穴の底から助けを求める信者を誰が助け上げようか押し付け合っていた。吊し上げられた信者に対しては不注意だと批判を浴びせていた。そして引返す者が一人二人と出ていた。
「あんたらは教祖様を裏切るのか!」
「このままでは皆やられますよ !? 一旦、戻りましょう! ここは圏外で救急車も呼べません!」
「あんたはそれでもブロック長か !? 何のために我々はこの山に入ってると思ってるんだ!」
「・・・・・」
「人を拉致するために山に入って獣の罠に掛かりましたとでも言うのか!」
「山菜採りにとか…」
「今、何月だと思ってんだよ! 雪が降ってんだぞ!」
「早く降ろしてくれ!」
宙吊りになっている信者が怒鳴った。
「道具も何もないのに、どうやって降ろす?」
「車に戻って道具を持ってくるしかないな」
そこに、先に山を下りて行った信者たちが駆け上がって来た。
「張本が毒蛇に噛まれた!」
「蛇が何匹も道を塞いでて…彼はもう…」
「教祖様を裏切るからそういうことになるんだ! 前に進むしかない!」
「降ろしてくれーっ! 足が千切れそうだ!」
「仕方がない、引っ張ろう!」
信者たちが強引に引っ張り下したことで、足首は裂け、血が噴き出した。斜面は刻々と雪と闇に覆われていった。その様子を監視していた英雄が腰を上げた。
「そろそろ我々も危険だ。山小屋に戻るぞ」
〈第41話「かごめと妖子」につづく〉
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