第37話 刺客

 金村我聖と白真永はカルト教団『まほろばの法宝輪』の本部に居た。教祖の善法が次の指令を出していた。


「次は…子之神竜という作家だ」

「やつひとりですか?」

「家族全員やれるか?」

「はい」

「頼もしいな」


 善法は娘の明呼を見た。明呼は机の上のトランクを指した。


「あれを」

「何でしょう?」

「 “金聖会” の軍資金よ」

「金聖会 !?」

「あなたの組を立ち上げなさい」

「ドジを踏んだやつに用はない」

「有難い話ですが、そういうことは本家に筋を通しませんと…」

「筋は私が通してある」

「教祖様が !?」

「軍資金は、子之神一家の首と引替えに渡そう」

「それと、梅林理沙の首もね」

「全員仕留めるまでは、ここには来るな」

「承知しました」


 金村と白は本部を出た。


 鬼ノ子実験村のコロニーは昨夜の初雪で真っ白になっていた。梅林理沙の部屋のインタホンが鳴った。モニターに配達員が映った。


「梅林さん! お届けものです!」

「送り主さんはどちら様ですか?」

「自治会からです」


 自治会長は虎鈴の養父・松橋英雄だ。理沙は玄関に向かった。


「待って!」


 虎鈴は理沙を止めた。


「え !?」

「さっき、“梅林さんに” って言ったよね。ここの表札は“磐井” のままよ」

「でも、自治会ならあなたのお義父さんからじゃないの?」


 再びインタホンが鳴った。


「梅林さーん!」

「すみません、うちは磐井ですが…お部屋、間違えてません?」

「いえ、確かにここです」


 虎鈴は理沙に “梅林さんは、一つ上の階です”と言うように促した。


「その梅林さんって、確かこの上の階に住んでらっしゃると思うんですが…」


 配達員は少し迷っていたが、不審な様子でモニターから消えた。


「上の階に行ったのかな?」

「いや…まだ分からない。子之神さんに連絡する」


 執筆中の竜のスマホが鳴った。


「もしもし…」

「虎鈴です。刺客が来た」

「もう来たか…では訓練どおりに」

「はい、もう準備できてる」

「こっちもすぐに動く。10分だけ持たせて」

「はい」


 虎鈴は玄関に猟銃を構えて伏せていた。少しすると、玄関の鍵を開けに掛かる音がした。玄関は自動ロックと手動が5ヵ所付いていた。それだけでも30分は稼げるはずだ。しかし、敵の技はそれを上回っていた。最後のロックが外された。虎鈴の人差し指は引き金に掛かった。

 ドアロックは全て解放されたはずだが、敵はまだドアから入って来なかった。そればかりか、またインタホンが鳴った。モニターには然辰巳と松橋英雄が映って話し掛けて来た。


「磐井のばあちゃん! 居るかあ? 迎えに来たよ、老人会! 今日は駐在さんが来て、熊から身を守るための講習会だから、出てよ!」


 虎鈴は銃を構えたままだった。理沙が答えた。


「今、配達員の人が間違えて来たのよ。まだ居るかしら?」

「居るね」

「上の階だと言ったんですどね」

「そうかい? 聞いてみるよ」


 辰巳と英雄は、通路の壁に張り付いていた配達員に話し掛けた。


「どこに配達?」

「梅林さんですが…」

「梅林さん !? 梅さんの間違いじゃない? 徳俵梅さんだよ。入れ歯5個も持ってる…知らない?」

「ちょっと知りません」

「有名なんだけどなあ。入れ歯5個も持ってるから、イレバウアーって呼ばれてるんだけどね…知らない?」

「知りませんよ!」

「どうしました?」


 駐在の西根鉄男が現れた。


「この人がね、梅林さんとかって人に配達だそうです。お巡りさんなら知ってるでしょ?」

「このマンションに梅林って人はいませんね。差出人はどちら?」

「自治会です」

「どちらの自治会?」

「鬼ノ子村の…」

「なんだ、それならこの人が鬼ノ子村の自治会長さんだから…あんた、梅林さんに何か送ったかい?」

「梅林って人を知らないんだから送るわけがないな」


 配達員は慌てた。


「じゃ多分、誤配です。急ぎますんで失礼します!」

「熊に気を付けてな!」


 駆け去る配達員の背中に、辰巳は声を掛けた。英雄は鬼ノ子山に向かって犬笛を吹いた。


〈第38話「巨熊・久太郎の縄張り」につづく〉

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