第36話 鳶に油揚げ
曽我の秘書だった藤田隆弘の前に一輝が現れた。
「やあ!」
「いきなり何の用だ?」
「残りの金払ってよ」
「曽我氏が亡くなったんでお支払できなくなりましてね」
「関係ねえよ。生きてた時の約束は守れよ、秘書だろ」
「もう秘書じゃないです。私には関係ありません」
「じゃ、口止め料だ」
「何の口止め料ですか?」
「…オレの命狙ったよね、あんた」
「言い掛かりはやめてください」
「恍けんじゃねえよ」
「恍けてなどいませんよ」
「次オレに会う時は気を付けろ」
「どういう意味ですか?」
「今、オレ…ある人にあんたを消せと頼まれてんだ」
「・・・!」
「今消してもいいんだけど、楽しみは先に延ばしとこうと思ってね。立場、逆になっちゃったね」
「誰に頼まれたんです?」
「さあ、誰だと思う?」
「そうですね。例えば、『まほろばの宝輪』とか…」
「あたり!」
「いくらで雇われたんです?」
「ドラマではこういう時、倍払うからとかって言うよね。倍払うかい?」
「こっちは失業しちゃってますからね。無一文なんです」
「腹黒いな~…あんた、曽我の金庫番だろ。金庫ごと持ち逃げする気か?」
「・・・・・」
「じゃ、どっちが生き残るか、サバイバルゲーム楽しもうぜ」
藤田が薄笑いを浮かべた。
「治家小百合さん…大丈夫かな?」
「・・・!」
「母親が看護師の母子家庭だそうじゃないですか?」
「それがどうした」
「彼女も狙われてるんですよ」
「他人の心配する余裕があんのかよ、ガキを別荘に監禁した人がよ」
「・・・!」
「今度はその映像をユーチューブにばら撒いてやろうか?」
「あれはあなたの仕業だったんですか?」
「あれって何のこと? それとも警察に通報しちゃおうかな。あんたはどっちが良いと思う?」
神社の裏山の藪を進んでいく金直人と李正雄の姿が急に消えた。
「ギャーッ!」
深く掘られた獣の落とし穴の上から、辰巳の覘く顔が現れた。
「教祖様のご利益が届かなかったようだな」
「た、助け…てく…」
「何故ならば、この村は悪い人が消える村なんだよ」
穴の底から突き出た鋭い鉄杭に串刺しになって痙攣する金と李に、雷斗と蘭は構わずスコップで土砂を掛け始めた。
男の足下に一輝が倒れていた。
「こんな若造に付け上がらせんじゃねえ!」
藤田を怒鳴ったのは金村我聖という金直会の幹部である。消息を絶った組長の金直人らに代わって『まほろばの宝輪』教祖の指示で藤田を消しに来た男だ。金村は舎弟の白真永と藤田を訪れたが、邪魔な若造が居たので先に片付けたところだった。二人は覆面を取った。
「助かりましたよ、金村さん!」
「曽我もめでたけりゃ、てめえもめでてえな」
「・・・!?」
白真永が藤田に体を寄せた。
「あなたを助けるために、あたしたち、覆面するかな?」
「・・・!」
「ねえ、金庫開けて?」
「そ、それは…」
「いいじゃないよ…開・け・て・頂・戴」
「・・・・・」
「できないの? …なら、しょうがない。先にお尻にあたしのお注射しちゃう」
「・・・!?」
「何してるのよ。早くおズボンちゃん、脱・い・で」
「そ、そんな!」
「それはとか、そんなとかほざいてねえで、早く脱げ、オラ!」
白真永は豹変した。藤田を後ろ手に股間を握り潰した。
「ギャーッ !!」
「あ~ら、そんなにいいのね? じゃ、前儀はこれでお終い。お注射するわよ。力抜いてね」
「わ、分かった! 金庫を開ける!」
「お注射嫌なの !? 金庫開けるより、お菊ちゃん開けたほうが気持ちいいのよ。慣れたらもう病み付きだわ。あたしの鍵はもう準備万端なんだから」
「金庫を開けさせてくれ!」
「そうなの? 仕方ないわね。あたしって頼まれたら断れないタイプなのよね」
白真永に解放された藤田は、摺り下げられたズボンを上げるのもそこそこに、部屋の奥にある金庫に走った。震える手でキー操作を何度も失敗しながら、やっと金庫は開いた。
「あら~、溜まってたわね~…さ、この袋にどっさり出してね」
白真永は藤田にバッグを放り投げた。
「…全部ですか?」
「全部に決まってんだろ!」
「は、はい!」
藤田は一億ほどの現金の全てと証券類から通帳の果てまでバッグに入れた。
「よく出来ました」
バッグを差し出した藤田の眉間にサイレンサーの一発がめり込んだ。
一輝が意識を取り戻した。最初に目に入ったのは金庫に寄り掛かって目を剥いている藤田だ。周囲に覆面の男たちは居なかった。いきなり入って来て頭を固い鈍器で殴られて気を失った。
一輝は何かに滑って転んだ。藤田の血だ。
「死んでんのか、こいつ !?」
パトカーの音が近付いて来て事務所の前で止まった。
「やべえ! このままじゃ犯人にされちまう!」
〈第37話「刺客」につづく〉
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