第35話 淘汰する者たち
秘書の藤田から片山妃那子の行方不明の噂を耳にした県議の曽我巌はにんまりとした。
「彼女だけでなく “ラブラ” のメンバー全員が行方不明です」
行方不明になったのは『ラブラ』の5人だけではなかった。妃那子が雇った強面2人も闇から闇に消えていった。
「一輝のやつ、出来過ぎじゃないか」
「やつの女を使ったようです」
「誰だ、そいつは?」
「治家小百合…
曽我巌は満足げに笑い、急に素に戻った。
「ふたりとも始末しろ」
「分かりました」
深夜、一輝は中華レストランの個室で豪華なもてなしを受けてから、曽我からの手付金を受け取ってご機嫌で帰途に就いた。その後をゆっくりと乗用車がつけていた。そして静かに加速し、一輝に突進して行った。
一輝は尿意を模様し、急に道端に逸れた。乗用車が一輝への激突を空振りして急ブレーキを掛けた。音に驚いた一輝はとっさに身の危険を悟って走り出した。乗用車は一輝を負ってバックで迫って来た。用足しの途中のまま走る一輝は、股のチャックを閉めようと慌ててブツを挟んでしまった。激痛で躓き、転倒して農業用水に落ちた。乗用車は一輝の落ちた辺りで急停車し、暫く窺っていたが、そのまま去って行った。
「痛…痛…」
やっとの思いでチャックからブツを解放した一輝は、曽我の仕業であることは分かっていた。
「今度はオレかよ、クソッ!」
愈々県議選が始まった。選挙の街宣をして県民と笑顔で握手をしている曽我巌の前に蘭が現れた。
「頑張ってください!」
「ありがとう! あんたのような若い子に応援してもらうと元気が出るよ!」
「私、片山妃那子の娘です!」
「えっ !?」
「片山妃那子の娘です! あなたに殺された片山妃那子の娘です!」
蘭は、妃那子らが行方不明との報道でピンと来た。やられたと思った。曽我の仕業に違いないと思った。鎌をかけて攻めるなら選挙遊説中の今が絶好のタイミングだと思った。曽我と蘭の間に、秘書の藤田が割って入った。
「あの、ちょっとお話は向こうでね」
蘭は運動員らに強引に連れて行かれ、車に乗せられた。
その様子を遠くからじっと見ていたのは一輝だった。見ていただけではない。蘭が連れて行かれるまでの一部始終をスマホの動画に保存していた。
連れ去られた蘭は真っ暗な部屋に目口手足を拘束され、監禁されていた。ここは曽我の妻名義の別荘である。藤田は無言で施錠して立ち去った。つけて来ていた一輝はその様子も動画に押さえ、藤田の後を追った。
「オレに払う報酬をケチるとどうなるか…お楽しみに…」
数日経過すると、曽我の当選楽勝ムードが一変した。ユーチューブにアップされた曽我陣営の運動員が蘭を強引に車に連れ込む映像が瞬く間にネット上で拡散されていた。
曽我陣営の波紋は曽我の妻・明呼のカルト団体『まほろばの宝輪』にまで及んだ。曽我巌は、明呼の父である教祖・善法の怒りを買った。
「あいつはもう使えんな」
教団の警備部長・金直人が教祖に一礼して部屋を出た。
「明呼…この先、しばらく未亡人だ。体重10キロ落とせ。私生活も慎め」
「…はい」
県議選も中盤に差し掛かったある日の朝刊一面に『曽我巌候補 首吊り自殺』の文字が躍った。テレビは一様に憔悴した曽我巌の妻を演じる明呼の記者会見を報じた。言葉少なの明呼の隣に寄り添う女性弁護士が殆ど代弁していた。
「あら、あの人、新しいお相手ね」
テレビを観ていた妖子が微笑んだ。
「蘭ちゃん、お代わりは?」
「もう、お腹いっぱいです」
「そう !? 少食なのね、遠慮はしないでね」
「はい、ごちそうさまでした」
「蘭、行くぞ」
雷斗が登校を促すと、蘭は素直に従った。
あの日の深夜、蘭を別荘に監禁した藤田の後を、一輝が追って姿が見えなくなった。そこに竜と雷斗が現れた。
「蘭をどうするつもりなんだ?」
「飢え死にさせるつもりだろ。選挙が終わったら片付けようとでも思ってるんじゃないか?」
「だけど、その前にあいつ動画流すよね」
「だろうね。だから、その前に助け出そう」
二人は顔を見合って笑った。蘭は救出され、子之神家の新しい家族となった。
登校した蘭は、生徒たちに驚かれた。
「連れ去られたんじゃないの !?」
「ニュースで大騒ぎしてたよ」
「大丈夫だったの !?」
蘭はめんどくさそうに答えた。
「途中で逃げたのよ。でも、風邪引いちゃって2~3日無断欠席してたから、みんなには心配掛けちゃったね」
「曽我巌って人、責任を感じて自殺しちゃったよ !?」
「あなたが加害者に同情するのは構わないけど、私は連れ去られた被害者よ」
「・・・・・」
「もう、無神経な質問は終わった?」
「…ごめん」
「それと、私…今日から子之神蘭なの。片山って呼ばれても返事できないかもしれないから不愉快に思わないでね」
「蘭…苗字変わったんだ」
「そう、やっとまともな家族の一員になれたの」
放課後、雷斗と虎鈴は蘭を誘って下校した。雷斗と虎鈴は暫くそうするつもりだった。その様子を、教団の警備部長・金直人を載せた車が遠目に監視していた。
雷斗たちは内陸線の鷹巣駅に向かわず、白鷹中学の裏通りを抜けてバス停の綴子田中のバス停の前に立った。
ゆっくりと金直人の車が忍び寄ると、バスがクラクションを鳴らして近付いて来た。金直人の車は慌てて先に圧された形でバス停を通り過ぎた。
雷斗たちは七座線のバスに乗車し、薬師山スキー場に向かった。阿仁街道の途中で止まっていた金直人の車は、そのバスを見送ってから後を付けた。バスは秋田街道に突き当たり、西に向かって薬師山スキー場前で停車すると、雷斗たちが降りた。金直人の車もその少し手前で停まった。
スキーシーズンにはまだ早く、営業はしていなかったが駐車場には数台の車が停まっていた。雷斗たちはその中の一台の軽トラに乗り込んだ。軽トラは秋田街道に出て、更に西に向かうと、金直人の車もつけて来た。軽トラは神社に繋がる急階段の前で止まった。運転席から然辰巳が降りて、雷斗たちを連れて急階段を登って行った。
金直人とその部下・李正雄も急階段を気怠そうに登り始めた。境内に上がると誰も居なかった。寂れた神社の周りは鬱蒼とした樹木で覆われていた。不審に思った金らは、御堂の扉を開けて中を見たが、6畳ほどの狭い空間には何もなかった。
金直人が神社の裏に獣道のような藪の隙間を見付けた。
「どうします?」
「どうもこうもないだろ」
金は藪の隙間を入って行った。
〈第36話「鳶に油揚げ」につづく〉
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