第23話 掛泥神社
阿佐見舞が何者かに襲われた。夏休みも明け、白鷹中学の2学期から新任になって三日目のことだった。
舞はいつものように鷹巣駅を降りて白鷹中学に向かった。市の交流センターを過ぎた辺りから民家が続く。二股を左に入れば間もなく右に白鷹中学が見えて来るが、舞はいつも一旦中学校を通り過ぎ、その先のバイパス手前にある掛泥神社にお参りをしてから職場に折り返していた。
神社の境内には、夏休み明けから軽トラが駐車していた。今日も同じ場所に停まっていたが、新任の舞は作業の人だろうとそのまま通り過ぎ、二拝一礼して帰ろうとすると、いきなり両側から男たちに掴まれ、スタンガンをあてられて軽トラの荷台に放り込まれた。軽トラがバイパスに入る手前で、舞は必死に脱出を試みて荷台から転がり落ちた。体の痺れと格闘しながら、追い駆けて来る男たちを振り切った。しかし、前方から来た乗用車が舞の行く手を阻み、結局、追い付いた二人によって再び拉致されてしまった。
「ドジ踏みやがって…」
「すみません!」
不機嫌な怖いお兄さんは、曽我県議の腰巾着のひとりである小野将だ。信用できない二人の見張り役で来ていたが、曽我巌の不安は的中していたわけである。信用できない二人とは、市議の金本作治と寺本則夫だった。小野は曽我の命令で、圭吾を溺死させた人間を探していた。疑いを掛けられた阿佐見舞が白鷹中学に採用されたのは、曽我の思惑だった。
かつて白鷹中学に実習生として来た阿佐見舞を、曽我圭吾は仲間を率いてレイプ目的で彼女を襲った。しかし、舞はインターハイ優勝経験者だった上、喧嘩を売られる事には慣れていた。舞に先鋒でかかって来た木部篤史は強烈な張手を喰らい、鼓膜を破って戦意喪失した。舞はリーダーと見た圭吾に突進し、速攻の蹴りを加えた。圭吾は舞の蹴り一撃で睾丸を一個失い、卒倒した。仲間らは圭吾を置き去りにして遁走したが、篤史は残った。舞はその篤史に、圭吾を連れて行けと顎で示した。そして、篤史が圭吾を抱き抱えて去って行くのを見送った。
「圭吾を溺死させたのはおまえだな」
「仰ってる意味が分かりません。圭吾って誰ですか?」
「おまえが股間に蹴りを入れて大怪我をさせた中学生を覚えているだろ」
「実習生の時に私を襲った中学生なら何人か覚えていますが、警察は加害者が未成年だということで名前までは教えてくれませんでした」
「顔は覚えているだろ」
「レイプされそうになったんです。忘れるわけがありません」
「そして溺死させて仕返ししたということだな」
「やっと仰ってる意味が分かりました。私が襲われた恨みを晴らしたのではないかと疑ってらっしゃるんですね?」
「正直に言わないと、おうちには一生帰れなくなるよ」
「私はその生徒の死とは無関係です。私に危害を加えても何も解決しませんよ」
「少なくとも依頼者には満足してもらえる。死にたくないなら正直に言え」
「依頼者? 私を殺した場合、その依頼者があなたの命を保証する確率って何%ぐらいあるんでしょうか?」
「100%だ」
「成程…でも、あなたたちは欲が出る。依頼者を強請れば、更にお金になるんじゃないの?」
黙って聞いていた市議の寺山が、椅子に縛られた阿佐見を思い切り蹴り飛ばした。弾かれた阿佐見は倒れた態勢で壁に激突した。
「生意気なんだよ! 金本さん、圭吾さんはこいつがやったことにして始末しましょうよ」
「名前を呼ぶんじゃねえよ!」
「どうせ始末するんだから…」
寺山はいきなり金本に殴られた。
「おまえを先に始末したろか、寺山!」
舞が拉致されている場所は、今は使用されていない曽我県議の選挙管理事務所のバラックだった。バイパスを北に向かうと羽州街道に突き当たるが、バラックはそこを右折した街道沿いにあった。
竜はこの数日、自転車の散歩を装って、朝から舞を付けていた。舞が通り過ぎる白鷹中学の近くには、車で雷斗を送り届けた妖子を待機させていた。
そして、舞が挟み撃ちで拉致された車を付けて、今、選挙管理事務所のバラックを監視していた。
選挙管理事務所のスピーカーから声が流れた。
「鷹巣地区の皆様!」
スピーカーの存在に金本と寺山は “ ギョッ ” とした。
「ただ今、県議会議員の曽我巌先生の選挙管理事務所で、市議会議員の金本作治先生と寺本則夫先生と、もう一人の怖いお兄さまによって、白鷹中学の先生が拉致されています」
小野たちは焦った。警戒しながら外を窺ったが、街道を行き交う無関心な車はあっても、人通りは全くなかった。
「いつからこの地域の市議県議は、怖いお兄さまたちと仲良く好き放題の犯罪集団になったんでしょうか? 今までどおり族議員の先生で納まっていたら、その恥ずかしい正体を暴かれずに済んでいたものを、金本先生と寺山先生は公僕の実でありながら、曽我巌先生の命令でやり過ぎてしまいましたね」
「だ、誰だてめえは!」
「間もなく警察が来ますので、そのままでお待ちください」
スピーカーの奥で微かにパトカーの音が近付いている…小野らは舞を放ってバラックを飛び出し、一目散に車で逃走した。暫くして、恐る恐るバラックを出て来る舞を確認できた。舞は街道でタクシーを拾った。舞が去るのを確認した竜と妖子は、バラックに入り、遠隔スピーカーを回収して車を出した。
金本たちの車に仕掛けた発信機を追っていくと、案の定、曽我邸に辿り着いた。30分程して追い出されるように曽我邸を出て来た金本と寺山の前に、三人の男が現れた。地元警察署の刑事だ。舞の被害届で警察が早く動いたようだ。
「早かったな、警察…鳶に油揚げを浚われちゃったか」
竜と妖子は苦笑いでその場を去った。
〈第24話「七人の転校生」につづく〉
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