第22話 悪い人が消える村

 あの日、穂積耕太郎は怯えていた。新しい土地で偽善を装った2年間を己の性癖で水の泡にしてしまった。東京での恥ずべき過去から逃げても、己の性癖から逃げることはできなかった。

 20日間の勾留を終え、私物を引き取ろうと夜陰に紛れて自室に戻った。部屋に入ってスマホのライトを点けて仰天した。目の前に藤島武子の姿が現れた。


「どの面下げて帰って来たんだ、穂積?」

「なんで、ここに !?」

「おまえがここに来たばかりの頃、気の毒に思って何かと便宜を図ってやった恩も忘れて、オレの孫に何してけつかるんだ、おまえは!」

「…申し訳ありませんでした」

「申し訳もクソもあるか! この村はな、善い人だけが暮らす村なんだよ。おまえのような、変態は消える村なんだ…さあ、これを飲め」

「な、何ですか、それ?」

「善い人になる薬だよ」

「お、お断りします!」


 穂積は気配を感じて、スマホの灯りを後ろに向けた。


「遠慮するな、おまえは不治の病だ」


 松橋龍三の同級生・牙家きばけしかりが、穂積の首を鷲掴みにして鼻を摘まんだ。苦しくなって開いた口に、武子は目を細めて微笑みながら “ 液体 ” を注いでいった。


「これを飲めば、おまえの病気はじきに治る。もう二度と子供に悪さなどしなくなる。良かったな~穂積」


 そう言って飲ませたのは、その実がブルーベリーによく似たヨウシュヤマゴボウの潰し汁だった。即効性はないが、摂取後1~2時間経過してから症状が現れるので原因が分かり難い。穂積は牙家と武子の監視の下で、次第に嘔吐や神経麻痺を起こし始めた。


「助け…て…解毒剤をください!」


 痙攣を伴って呼吸が乱れ、心臓麻痺から昏睡に至る様子を、牙家と武子は無表情で見ていた。


「やっとお休みのようだから、仕上げに死化粧してやるか」


 武子は災害時用の太い蝋燭に火を点けた。


「こういう人種に、法律は甘いからな」

「実刑喰らってれば少しは長生きできたものを…」

「この変態男、東京の小学校では何をやらかしたんだろな」

「何って…決まってるだろ」

「首になって逃げて来たってあたりか?」

「首になる前に自分で退職したんだろ。そうすりゃ、経歴に傷も付かないし、退職金もしっかり貰えるし…こういうクズに限って、その辺のところはせこくて抜かりはないだろうからな」

「クソッ、唾吐いてやりたいけど、証拠が残っちまうしな」

「あー気持ち悪い! ミニスカ車掌の死装束」

「化粧は厚く…これでよし!」

「まだだ」

「何よ、これで充分でしょ」


 牙家は穂積の片手をミニスカートの中に突っ込ませた。


「この変態が毎晩の習慣にした形にしてやらないとな」

「吐きそうだわ…帰る」

「だな」


 ひと月程経って発見現場を見た西根巡査は、卓袱台の皿の上にある干乾びたヨウシュヤマゴボウの実を見て呟いた。


「やっぱ、東京の人だな。ブルーベリーだと思って食っちまったか…」


 穂積の変死事件は、再びSNSを沸かせた。“ あの変態オジサンの死装束もミニスカ車掌コスプレ ”、“ 変態オジサンが銀河鉄道のミニスカ車掌に ”などと、ほぼ竜の執筆どおりの出来事に発展していった。


 子之神家は夕食タイムだった。


「雷斗、デザートは食事の後よ」

「でも、出てるから」


 竜たちは安の滝の帰りに「くまくま園」に併設されたブルーベリー園に寄った。ブルーベリー園では7~8月初旬の期間限定で完熟の実を摘み取れる。ブルーベリーは雷斗の大好きな果物だった。お土産に持ち帰ったブルーベリーが食卓に出たが、竜もかごめも園内での食べ放題で満喫して、もう食べる気はしなかった。雷斗だけがガッついた。


「お母さんへのお土産なんだから」

「出てるとさ」

「出てても食事の後!」

「担任の先生が変わるんだって?」

「うん」

「何ていう先生?」

「阿佐見舞先生。元インターハイで空手の優勝経験のある先生。すごい美人らしい」

「あら、良かったわね」

「新任なのに、即補充担任とは凄いね」

「昔、白鷹中学に実習生で来たことがある先生らしいよ」


 竜はこの地に住む準備の取材で得ていた情報があった。かつて、白鷹中学で教育実習生へのレイプ未遂事件があり、襲った生徒たちが、実習生である女子大生の返り討ちに遭ったという情報だ。その実習生も空手でインターハイ優勝経験のある大学生だった。その後、レイプ事件の加害者は、白鷹中学から鷹羽岱高校に進学し、米代川で溺死体で発見された面子だ。

 竜は新任の担任に強い興味を覚えると同時に、ゾクゾクするような危険の予感に心が躍っていた。


〈第23話「掛泥神社」につづく〉

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