第21話 コンビニと交番と変なオジサン

 一段とパワーアップした子之神一家が安の滝キャンプから帰宅すると、鬼ノ子実験村の交番に人だかりが出来ていた。


 鬼ノ子実験村の交番は24時間営業の100均コンビニと一体型になっている。コロニー内の量販店とは違い、緊急時の備蓄品類や救急用品の品揃えが豊富だった。交番には地方公務員である警察官の常駐は勿論のこと、巡回や深夜の無人交番の穴埋めのために、コロニー内の住民が自警団を組織して自発的常駐が成されていた。


 夏休みの午後の交番に、小学生の男女数人が掛け込んで来た。


「 “ あのオジサン ” が友達に変なことしてる!」


 “ あのオジサン ”は、一部の住民の間では日頃から目を付けられていた。男児だけを狙って後を付ける性癖が、違和感を買っていた。そしてついに、夏休みの阿仁川の繁みに男児を連れ込んで猥褻行為に及ぼうとしているところを、小学生たちに目撃されたのだ。川に鱒突きに来ていたマンション住人の天野弥久冶によって、“ あのオジサン ”はコロニーの交番に突き出された。


 突き出された“ あのオジサン ”は穂積耕太郎といって、内陸線に新車両を導入しようと寄付を募る運動を起こしている人物だ。東京で小学校の教鞭に立っていた俗に鉄オタと呼ばれる熱心な鉄道ファンだったが、教え子である男児への猥褻行為が発覚して依願退職した過去があった。


 そんな中、秋田県に於ける地域おこし協力隊の内陸線活性化のポジションに応募して採用された穂積は、介護の必要な両親の元を離れて新しい生活を始めていた。地元にも馴染み、50代後半と年齢は行っていたが、何度か地元の女性との結婚話も浮上した。しかし、穂積は頑なに結婚を拒み、独身生活を貫いていた。それもそのはず、穂積は同性愛だった。そして今回の何回目かの犯行に及び、ついに発覚してしまったのである。


 猥褻行為の被害を受けた男児は、一年間貯金して貯めたお小遣いを、全額、穂積の募金運動に寄付して感謝状を受けていた。穂積はその男児を見て、また病気が出た。その後、何度かのチャンスを逃したが、夏休みに入って一人で川遊びに出掛けるその男児の後を付け、犯行に及んだところを待ち合わせしていたクラスの友達に発見されたのである。


 穂積耕太郎の地元の評判は二分していた。内陸線活性化の一環で婦人会イベントなども企画し、意見を具現化していた面では評判が高かったが、内陸線以外の件での地元が抱えた喫緊の問題などには全く無関心だったので、自治会役員には顰蹙を買っていた。


「あの鉄クズ野郎…何しにこの土地に来たんだ?」

「鉄オタ野郎ね」

「もうすぐ60だというのに、今まで結婚歴もない。生まれた時からこの土地で暮らしいていて、親の面倒を見て婚期を逃したっていうなら話は分かるが…」

「おいおい、それ、オレのことか?」

「おまえ以外にも親のせいで婚期を逃した男は何人もいるだろ」

「まあな」

「東京で生まれ育って小学校の先生をしていた人間が、50ズラ下げて一度も結婚歴がないなんておかしいんじゃないのか?」

「聞けば、年老いて介護の必要な両親を東京に置いて来たっていうじゃないか…そこまでしてこんなド田舎のために尽くしたいのかね」

「尽くすなら尽くすで、この土地に骨を埋める気なら、この年の女と結婚して落ち着いて、親を引き取ろうとするのが普通だろ」

「何やらかして流れて来たんだ?」

「何か魂胆があるんじゃないのかね」

「募金なんて怪しいもんだぞ」

「内陸線の社長になりたいのかね」

「社長って器か? どことなく気色悪いぞ」

「武子の言うとおり、あの男には気を付けたほうがいいんじゃないのか?」


 穂積が初めてこの鬼ノ子村地区にやって来た頃、見ず知らずの土地で困っているのを見かねた地元婦人部の藤島武子は、声を掛けて家族の食事に招いた。ところが次の日に顔を合わせても、全く知らん顔で通り過ぎたことで、武子は穂積の人間性に違和感を持った。その後、武子は穂積の行動を注視していたが、酒癖、女癖が悪いわけでもなく、気のせいかと思っていた。

 ところがある日、穂積のおかしな行動に気付いた。小学生の登下校には用もないのに家の外に出て子どもたちを見ている。ただじっと見ている。更に、子どもたちの歩く後を付けているところを頻繁に目にするようになった。武子はそれも気のせいだろうと思うようにしていた。そして今回の事件が発覚し、“やはり” と溜飲が下がる思いだった。


 何より腹の立つのは、被害に遭った男児小学生が自分の孫の健介だったことだ。誕生日に何が欲しいと聞いたら、健介は“お金”と答えた。現代っ子なのかなと思っていたが、内陸線の新車両の夢に募金するためだったのだ。何という裏切りをしてくれたんだと思うと、このままでは済まさないという怒りが込み上げて来た。


 阿仁川での男児猥褻事件は、すぐさま鬼ノ子地域の村内スピーカーで報じられた。保護者たちは直ぐに阿仁川に遊びに行った子どもを迎えに急いだ。すると、穂積を後ろ手に捻り上げた天野弥久冶を先頭に、阿仁川で遊んでいた集団がゾロゾロと歩いて来た。保護者は集団の中に自分の孫や子どもを見付けてホッと胸を撫で下ろしたが、孫の健介を抱く武子の顔は、今にも穂積を食い殺したい熊のような形相で睨んでいた。その一団が鬼ノ子実験村の交番前に人だかりを作っていた。


 安の滝帰りの子之神一家はほくそ笑んだ。そして、武子の恨みをどう料理しようかと思いつつ、その場を無関心に通り過ぎてマンションに入って行った。


□□□ 鷹巣始発上り快速と、角館始発下り各駅は、比立内駅で6:10分に合流して擦れ違う。駅名標の異常に気付いた上下線の運転士らが驚いた。ミニスカ車掌姿に女装した小杉惣太郎が気を失ったまま駅名標にあられもない恰好で磔にされていた。小杉惣太郎といえば、内陸線活性化のために尽力している人物だ。その男が女装して駅名標に磔にされているとはどういうことなのか? 始発の乗客たちは、何かのイベント人形かと思ったが、運転士の慌てぶりにその異常を察知して写メを取りまくっていた。


「撮影はおやめください!」


 運転士が今更そんなことを叫んだところで既に手遅れだった。リアルタイムで一気にネット上に拡散され、女装の小杉惣太郎は全国的有名人になってしまった。“ 秋田県に於ける地域おこし協力隊は変なオジサン ”、“ 内陸線活性化でエローカル線へ ”、“ 子どもの貯金を吸い上げる募金妖怪 ”などと、さまざまなタイトルで拡散され続けた。

 小杉は示談が成立し、20日間の勾留の後、人目を避けるようにして留置所を後にした。地域おこし協力隊の寮の荷物を引き取るために、暗くなるのを待って鬼ノ子村に入った。部屋に入ると異常な殺気を覚えた。闇に目が慣れると、人間たちのシルエットが浮かんで、小杉は固まった。聞き覚えのある一人の長老が呟いた。


「この村は善い人だけが暮らす村。悪い人が消える村…」


 小杉の急所に冷たいナガサが刺さっていた。その刃先がゆっくり奥に入り、またひとり、この村から悪い人が消えた。□□□


 竜はキィボードから手を放し、いつものように冷めたコーヒーを美味しそうに啜った。


 穂積耕太郎は実際に勾留された。それからひと月程経って地元の噂も絶えた頃、散歩途中の飼犬らが決まって穂積の住んでいた地域おこし協力隊の寮の前で吠えた。地元民も悪臭に気付くようになり、西根巡査の立会いのもと、卓袱台にうつ伏したミニスカ車掌姿の変死体が発見された。


〈第22話「悪い人が消える村」につづく〉

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