第17話 職員会議
翌日、鷹羽岱高校では、野球部の犬飼仁司が曽我宗人殺害容疑で逮捕されたのと、藤村組事務所の爆破事件の話で騒然としていた。
「我が校はどうなってるんだ!」
「やはり、警察の要請に従って、しばらく休校にしていたほうが良かったのでは…」
「今更、何を言うんだ! 授業だって給食だって、急にストップすることなんて出来ないじゃないか!」
私立鷹羽岱高校は給食制だったが、殺人事件が起こってから食べ残しが続出していた。
「言いたい事は分かるが、生徒たちには乗り越えてもらわなければならない。教鞭に立つ我々がブレてどうするんだ!」
「しかし、転校を希望する保護者の方々も徐々にではありますが増えておりますので、何らかの説明会を…」
「捜査の進展もない段階で、何を説明するのかね? 今少しでも動けば、マスコミが殺到しますよ。それでなくても、取材記者がウロウロし始めてる…その影響でも欠席者が出ているんだ」
校長の柴田秀作は理想論を言ったものの頭を抱えてしまった。新学期から連続して生徒に不幸が降り掛かっていた。凄惨な状態で殺害された東山サリ、西はるな、南香織、喜多川夏帆、上川由真、中曽根優子、下平紗羅、そして溺死体で発見された木部篤史、小金井昇、藤村圭吾、鬼ノ子実験村の広場で発見された曽我宗人…鷹羽岱高校生が3ヶ月も経たないうちに11名も死亡していた。
鷹巣駅前から市役所及び鷹羽岱高校、そして全壊した藤村組周辺が、警察や黒塗りの車で物々しくなった。生徒の欠席が急増した鷹羽岱高校はやむなく休校となり、何度目かの職員会議が開かれていた。
「本校は存続の危機にあります。たった3ヶ月で11名が亡くなり、一人の逮捕者が出てしまいました。保護者間では “転校” 希望者が他校に殺到しています。それだけじゃありません。転校が適わなければ “編入” すら考えている保護者もおります」
私立から公立高校に於ける『編入』と『転校』だが、『編入』は一度退学して改めて別の高校に入ることで、年一回の学年の始まりにしか募集がない。一方、『転校』の場合は、欠員が出た高校が募集する「欠員募集」があり、毎年、新学期前毎の3回ある。『転校』の条件としては、(保護者の転勤など)県内外の移住によるもの、(いじめ、病気、学費支払困難など)特別な事情によるもの、(部活や学力の向上目的など)積極的な理由に基づくものの何れかに該当する場合である。
「亡くなった生徒は何れも問題のある生徒ですね。これは我が校にとって良いことですか? それとも悪いことですか、校長?」
教頭・棟方聖山の意外な発言に校長は慌てた。
「教頭先生、お言葉を慎んでください…良いことであるはずがないでしょ」
「対外的には確かに憂慮に堪えないあるまじき事態ですが、ひと月と空けずに問題を起こしていた主たる生徒がほとんど居なくなったことも事実ですよね。この事実に於いては、良いことであるはずがないというのは的外れです」
「ご実家がお寺さんである棟方先生が仰る言葉とも思えませんね」
「因果応報で去った者をとやかく言うつもりはありません。現状を偏りなく把握しないと正しい判断が出来ないことを懸念しているんです」
「棟方先生は正しい判断がお出来のようですから、その正しい判断とやらを聞かせて頂きたいものですね」
「校長…かつて、曽我宗人の入学試験に纏わる疑惑が浮上したことがありましたね」
「何を今更…それが今回の件とどういう関係があるのかね!」
「そんなに慌てなくてもいいでしょう?」
「慌ててなどおりませんよ。あなたが本件とは無関係な藪から棒な話題を持ち出すからでしょ」
「無関係ではありませんよ、校長」
野球部顧問の長谷川真司が口を挟んだ。
「今回の事件の中心には曽我宗人がいます」
「彼は犠牲者だ!」
「そうです、犠牲者です。その件で犬飼仁司が逮捕されていますが、彼の犯行とは思えません。背景には我々の想像だにできないことがあったのではないでしょうか?」
「それは警察の仕事だ」
「それはそのとおりですが、我々が目を瞑っていいということにはなりません」
「じゃ、どうしろと言うんだ!」
「教頭先生が仰る正しい判断のために、敢えてタブーに蓋をするようなことをするべきではないと思うんです」
「私が蓋をしてると言うのかね!」
「校長先生、何をそんなに苛立ってらっしゃるんですの?」
国語教師の古株・新貝智里が校長を睨み据えた。
「どなたかお偉い御方に苦言でも頂戴しましたか?」
「・・・・・」
「この高校は素晴らしい高校です。何があっても他校の善き前例となることを考慮して善処なされば何の問題もないんじゃありませんか?」
「私は校長の立場でありながら、皆さんのように正しい判断に窮しております。是非その善き前例となる正しい判断とやらをお聞かせ願いたいものですな」
「いい加減に子供じみた発言はおやめなさい! それをこれから皆さんで知恵を出し合って話し合うんじゃないんですか? 正しい判断を今すぐ出せと言われても、出せるわけはないじゃありませんか? そのことは、校長先生、あなただってよくお分かりでしょ」
会議はそこで膠着した。その沈黙を新貝智里が破った。
「校長先生…曽我巌氏とはお親しいですよね」
「別に親しいというわけではない。あちらは県議だ。これまで我が校のためにご尽力もいただいた…それがどうかしたかね」
「ご尽力もいただいた代わりに、校長先生もそれなりの誠意は尽くされたんじゃありませんか?」
「君は何を言いたいのかね…今回の件とは全く関係ないだろ」
「 “闇のトップ屋” という 月刊誌をご存じですか?」
「私はそんなものは見ない」
「そうですか…我が校のことが乗ってるんですけどね」
「なに !?」
「ご覧になりますか?」
「どうせ、いい加減なゴシップ記事だろ。興味ない」
「鬼ノ子実験村の広場で遺体で発見された曽我宗人に関わる件で、彼の裏口入学の闇が掲載されてるんですけどね。そこに校長先生の写真とかも…もちろんボカシは入れられてますけど、見る方が見ればすぐに分かるボカシです」
棟方教頭が、新貝の記事に寄って来た。
「まずいよ、これは…長引くな。おそらく、この記事から曽我宗人を中心とした我が校のいじめ問題に絡めた殺人事件に繋げて、根掘り葉掘りと情報を小出しにしていくつもりだろう」
「その月刊誌はいつ出るんだ?」
「毎月10日発売です」
「新貝先生がゴシップ記事をご覧になってるとは…」
「私も国語教師とは言え、小説家の家に育ちましたからね。小説のネタに事欠く時には、こういったものが宝の山に思える時もあるんですよ」
「今や我が校も十分ネタになるでしょう」
「そうですね。左遷でもされたら描くかもしれませんね」
「怖い、怖い…もし私が登場人物にされるのなら、いい人に描いてくださいよ」
「長谷川先生は事件の舞台となった野球部の顧問ですからね。順当ならガキどもを操る黒幕でしょうか?」
「よしてくださいよ、黒幕は他にいるでしょ」
一同の視線が校長に向いてしまった。
「皆さん! ここは職員会議の場ですよ !?」
会議はどんよりとした空気になった。結局、鷹羽岱高校は臨時休校が解除されないまま夏休みに入ることになった。
〈第18話「地下シェルター」につづく〉
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