第18話 地下シェルター

 妻の弥生に取り憑かれた鬼頭民雄が、白鷹中学の音楽教師・下條律子と会っていた。


「重要な話って何だ? …ていうか、ここで会うのはまずいだろ」

「知ってますよね、早瀬教頭が亡くなったのは…」

「亡くなった !?」

「ご存じなかったの?」

「私もそれどころじゃなかったんで…」

「それどころじゃないって…あなたの大学同期の早瀬教頭が亡くなったんですよ !?」


 そう言った律子の顔色が青褪めた。


「ひとりじゃなかったの !? ひとりで来てって言ったでしょ! どうして奥さんを連れて来たのよ!」


 鬼頭民雄と下條律子は、かつての二人の逢引の場所である下條家の別荘で会っていた。お互い、今更こんなところで会うのはまずいとは分かっていたが、それぞれの切羽詰まった事情がお互いの足を運ばせた。


「君にも見えるか…」

「見えるか !?」

「妻はもうこの世にはいない」

「何言ってるの !? 冗談はよしてよ!」

「一ヶ月程前になる…朝起きたら自殺してたんだよ」

「そ、そこに…あなたの後ろに居るでしょ!」

「幽霊だよ」

「私をバカにしないで!」

「バカになんかしてないよ。死んでからずーっと付きまとわれているんだ。私が秋田市に引っ越してからも、鷹巣の駅で待ってて学校に付いて来て、授業が終わって鷹巣の駅でやっと解放される」

「ほんとに幽霊なの? あなた、これ以上の何を背負っているの? 私、巻き込まれたくない。帰るわ!」


 律子は乱暴に上着とバッグを取り、玄関を開けると、目の前に弥生が立った。


「中に入りなさい」


 律子は腰が砕け、這いずるようにして部屋に押し戻された。


「かわいそうな女…倫華を返して?」

「倫華ちゃんがどうかしたんですか?」

「娘は帰宅して父親とあなたの浮気している現場を見て、その日に居なくなったまま帰ってない」

「え !?」

「あなたは倫華にとって大好きな音楽の先生だったわ。夫と同じ学校に居るわけにもいかず、同期の早瀬さんに頼んで、あなたの転勤を手配した」

「それは私にとっては地獄でした。早瀬教頭にはいろいろ見返りを要求されたんです」


 律子と早瀬の間では、鬼頭の知らないことが起こっていた。


「見返り !?」

「ええ…体の良い強請りよね。お金も随分用意したし、体もね…」

「そんな !? あいつがそんなことをするはずがない!」

「彼のお母さんが認知症になって、どこも空きがなくて高額な介護施設に入ったのよ。私も母の介護経験があったから、最初は同乗してましたけど、どんどんエスカレートして行くんで…あの日は断ったのよ。断って突き飛ばしたら頭を打ったの。そのまま動かなくなったわ」

「あいつがそんなことに…」

「その場から逃げたわ」

「事故はどこで起きたんだ?」

「白鷹中学の校舎の裏…物置とか資材が雑然と積み上げられて殆ど人が来ない場所。そこでいつも現金を渡してたのよ。でももう私のお金が底を突いて…」

「・・・・・」

「もう…頑張れなくて…」

「・・・・・」

「でも、変なのよ」

「変? 何が?」

「死体が発見された場所はプールなの」

「プール !?」

「倒れた場所から歩いて少しのところにプールがあるのよ。だから私のせいで死んでなかったのかもしれなくて…でも、警察にいろいろ事情を聞かれるのは…名乗り出る勇気が出ないの」


 律子の髪の毛が引っ張り上げられた。弥生が後ろに立った。


「倫華を探しなさい」

「弥生! もう成仏してくれないか!」

「あなたたちには、しなければならないことがあるでしょ」

「・・・・・」

「倫華をどこへやったの?」

「倫華は家出したんだよ。捜索願だって出してある」

「私をごまかせると思ってるの?」

「・・・・・」

「二人でやるべきことをやって罪を償いなさい」


 そういうと弥生は消えた。鬼頭と律子は暫く放心状態だった。


「私に何か隠している事があるんじゃない?」

「何もないよ」

「倫華ちゃん、私が急いで帰った後、どうしたの?」

「家を出てったよ」


 律子が何かを思い出した。


「そう言えば…ここの合鍵、まだ持ってる?」

「・・・・・」

「もってたら返して? それとも…どうせ、新しい持ち主が鍵を替えるかな」

「新しい持ち主 !?」

「ここを売ることにしたの」

「売る !? …売るっていつ?」

「この間、査定してもらったの。引き渡しは一ヶ月ぐらい先になるかな」

「随分、急なんだな」

「両親から受け継いだ思い出の建物なので手放したくなかったんだけど、お金が必要なの」

「素敵な建物だからね。資金があったら私が欲しいくらいだ」

「・・・・・」

「君に借金してる私が言える立場じゃないよね」

「鬼頭さんならこのまま保存してくれるかもね」

「このままって !? 建物がこのままじゃなくなるってこと?」

「大幅に…地下を避難シェルターにするみたい」

「地下を !?」

「ええ…時代よね」


 一ヶ月後、解体された工事中の別荘の地下から、トランクの中の白骨死体が発見され、数日後には鬼頭が逮捕された。


〈第19話「鬼頭の供述」につづく〉

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