第5話 蒼空とかごめ


 かごめはマンションの屋上に出てみた。屋上はめったに人が来ないらしく、汚れ放題だった。屋上は “掃除のおばさん” にとって圏外らしい。 “掃除のおばさん” の部屋は屋上のすぐ下で、足音が響くことに神経質になり、住人が屋上を利用することをひどく嫌った。子供が屋上で遊ぼうものなら、凄い剣幕でその住人に抗議した。自然、屋上を利用する住人は居なくなり、たまの入居者が覘いた屋上は荒れ放題で、ヒッチコックの「鳥」状態の不気味さだった。


 物陰で音がした。かごめは誰か居るのかと音のしたほうに行ってみると、同級生の蒼空が遠くの風景を眺めていた。蒼空の視線の先には森吉山が見えた。このマンションから森吉山が見えるんだと思い、気を良くしたかごめは蒼空に声を掛けようとすると、彼女は突然手摺りに足を掛けた。その背中は泣いていた。


「お母さん、ごめんなさい!」


 彼女は手摺りを越え、そのまま飛び降りた…が、その腕をかごめは捉えていた。


「・・・!」


 腕を捉えられた蒼空が、かごめに生存を拒否する悲しい顔をして訴えていた。


「蒼空! 下を見てみろ! 自分が行こうとしている下を見ろ!」


 蒼空は下を見た。


「落ちたら痛いよ…ずっと苦しんで、苦しんで、苦しんで…そのまま死ぬんだよ!」


 蒼空はかごめの腕にしがみ付いた。かごめは引き上げた。かごめは父からの情報で知っていた。蒼空が東山サリたちのいじめに遭っていたことも。


「やつらを喜ばせるだけだよ」

「・・・・・」

「犬死はやめなよ。死ぬならやつらを殺してからでも遅くないでしょ」

「・・・・・」

「死ぬのは、やつらが先だよ。そう思わない?」

「でも、どうにも出来ない。私の未来もろくな未来じゃない」

「蒼空にも未来が見えるんだ?」

「えっ !?」

「私にも見えるのよ」

「あなたにも !?」

「未来は変わるよ」

「そんなわけない…変わるはずない」

「何もしなければね」

「・・・・・」

「でも、邪魔者が消えれば変わるよ」

「・・・!」

「正確には“消せば”だけどね」

「消せば !?」

「そうよ…自分の居心地悪い未来は自分で変えなきゃ」

「でも…どうやって…」

「取り敢えず、今邪魔なやつらは、もういないよ、この世には」

「今邪魔なやつら !?」

「東山サリ、南香織、西はるな、他金魚の糞ども3人」

「・・・!」

「野球部の部室で誰かに撲殺されたって…警察やら救急車が来てたよ」


 かごめは楽しそうに笑った。


「・・・!」

「あら、ごめんなさい。人が殺されたのに笑っちゃいけないか。でも蒼空の未来は取り敢えずは変わったはずだよ。どう変わったかは分かんないけど…」

「・・・・・」

「取り敢えず変わった未来が、また気に入らない未来なら、その場合の邪魔者をまた消せばいい。ゲームよ、ゲーム。未来ゲーム。やつらだけに遊ばせるなんて勿体ないよ」


 かごめをじっと見ていた蒼空が微笑んで呟いた。


「…ウケる」

「でしょ!」


 翌日、登校すると、かごめは野球部の曽我宗人に呼び出された。


「何やらかしてくれたんだよ、おまえ」


〈第6話「一万円札」につづく〉

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