第4話 かごめかごめ
翌日、包帯姿のかごめは、母・妖子に付き添われて登校して来た。校門にはパトカーと救急車が数台停まっていた。野球部の部室で東山サリ以下数名の撲殺死体が発見されたのだ。女生徒たちの首の骨が折れた凄惨な状態だった。中でも南香織と西はるなの口は、顎が外れた状態でボールが突っ込まれ、東山サリの股間にはバットが突き刺さり、見開いた目に恐怖を見ていた。
かごめは母と校長室に居た。
「初日からこの子がいじめを受ける理由が分かりません」
「いじめかどうかは慎重に精査を…」
「この怪我を見れば分かるでしょ。全治一週間です。これから警察に被害届を出します」
「それはもう少し待っていただけないでしょうか?」
「待ってどうなるんです? 何日か待てば納得したご返答がいただけるのかしら?」
「・・・・・」
「何ですか、この学校は? 表にパトカーやら救急車が停まっておりましたけど、何事ですか?」
「誠に申し訳ございません! 我が校ではこんなことは初めてのことでございまして…」
「今すぐ納得のいく説明をしていただけなければ、こんな物騒な学校には一日たりとも娘を預けておくことは出来ません。兎に角、この子がいじめを受けた生徒たちに合わせてください。名前は分かっています。東山サリ、南香織、西はるな、喜多川夏帆、上川由真、中曽根優子、下平紗羅。この子一人に七人がかりです。まるでリンチです」
校長の顔が真っ青になった。
「あの…」
「何ですの?」
「その生徒たちに暴力を受けたのは何時頃のことでしょう?」
「5時間目と6時間目の授業の合間です」
「どこで?」
「野球部の部室に連れて行かれました」
「そこに誰か居ましたか?」
「どうなの、かごめ?」
「野球部の方が何人か居たと思いますが、怖くて顔も見れなかったし、よく覚えていません」
「野球部員はずっと部屋に居ましたか?」
「…さあ、よく覚えていません。すぐに殴られ始めて、気が付いたら夢中で逃げ出していました。私は授業に戻ったけど、東山さんたちは授業に戻って来ませんでした」
「…そうでしたか…鬼頭先生 !?」
「6時間目は門野先生の授業ですので、私は…」
「どうだったんですか、門野先生?」
「確かに、かごめさんだけは席におりました。ちょっと頬の辺りとかに怪我をしてたと思います」
「ちょっとじゃありません! 全治一週間なんですよ!?」
「す、すみません!」
「そんなことより、早くその生徒たちに合わせてください!」
「実は…その生徒たちに合わせることは…」
「校長先生!」
「はい!」
「あなたのお話が見えません!」
「あのですね! 今、子之神さんが仰ったその生徒たち全員、部室で死体となって発見されたんです!」
「死体 !?」
「…はい」
妖子は大きな溜息を吐いた。
「亡くなったのなら仕方ありませんわね…天罰です。この学校には正義の味方がいらっしゃるようで、少し安心しましたわ。では、帰ります」
校長以下が頭を下げる中、かごめ母子は校舎を後にした。
「次は誰に天罰が下るのかしら?」
「多分…担任…」
「…そう」
かごめ母娘が帰ると、マンションの前では、隣室の老女が数人の住人と会話をしていた。かごめ母娘に気付くや急にヒソヒソ声に変わった。老女は今日も子之神家の評判落としに勤しんでいるようだ。
子之神一家が引っ越してきたこのマンションは住民間のカースト色の濃い自主管理組合で、新築分譲当初からの住人であるその隣室の老女・朝比奈フジの嫌がらせは引っ越し初日から始まった。
住人の目はかごめ母子を薄汚いものでも見るように上から目線だ。妖子母娘には、明らかな余所者扱いの攻撃態勢であることが分かった。妖子は無意味な媚など売らず、敢えて受けて立つ姿勢で挨拶せず、目も合わせず、そこに住人の存在すらないかの如くスルーしてマンションに入って行った。
朝比奈フジはマンションの副理事長をしていた。副理事長とは言え、組合規約などには疎く、運営に関して理事長をサポートするでもなく、自分を “掃除のおばさん” と称して、朝のゴミ出し時だけはマンション住民の噂のバラ撒き屋として最高潮に活き活きと立ち回るのが習慣になっていた。
燃えるゴミの日の今朝もゴミ出しに来た7階の独り暮らしの老女・磐井杵子を捉まえて早速朝比奈ショーを繰り広げた。
「ねえねえねえ、うちの隣の部屋に引っ越して来た子之神さん…」
「何かあったの?」
「一言の挨拶もないのよ」
「まー !? 常識ないわよねーッ」
「そうでしょ! この先が思いやられるわよ」
子之神家にとっては、これだけで充分復讐に値する蜜である。朝比奈フジは子之神家の“蜜の罠”に掛かったのだ。あとは朝比奈フジがこのまま調子に乗って悪口雑言を暴走させていれば、子之神家は好きな時にその蜜を収穫することになる。その日は意外に早くやって来た。
〈第5話「蒼空とかごめ」につづく〉
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