第3話 転校生
担任の鬼頭に連れられて
「今日からこのクラスになります子之神かごめさんです」
「子之神かごめです」
かごめは “よろしく” とは言わなかった。挨拶をして頭を上げると、一人の女生徒に目が止まった。今朝、マンションの入口で会った
退屈な鬼頭の倫理の授業も終わり、かごめは廊下に出た。数人が通路を塞ぐ形で群れていた。かごめが彼女らの端をすり抜けようとすると、足を掛けて来た。かごめは派手に転んだ。
「ごめんなさい! ほんとにごめんなさい!」
最高の誠意で謝ったのは、東山サリだった。かごめは気怠く立ち上がり、振り返りもせず歩き出した。
「待ちなさいよ!」
西はるなが、かごめの行く手を阻んだ。
「東山さんが誠意を以って謝ってるじゃない。黙って立ち去るつもりなの?」
そこに蒼空が現れた。蒼空は西はるなをじっと睨み据えた。
「なんだよ!」
「はるなさん、このままではあなた、20代で女の人を刺すことになるわよ。こんなことしてていいの?」
「嫌がらせすんのかよ、キチガイ!」
殴りかかろうとする西はるなを南香織が制した。
「そいつは無視しなよ、頭おかしいんだから。それより今はこいつだろ」
南香織は蒼空を手荒くどけて、かごめの正面に立った。
「ちょっと顔貸しな」
かごめは言われるままに東山以下に従った。クラスメートの唐沢聖と獅戸伽藍は、連れて行かれる転校生をそれとなく見送った。
「今度は彼女が餌食ね」
「転校初日よ」
「蒼空にとっては、いいタイミングで転校して来てくれたって感じよね」
「アキはダミオンのオモチャになって身を護ってるし、蒼空はおかしくなって緊急避難」
「あの
「あの転校生が落ちたら、またこっちに順番が回って来るのかしら?」
「そしたらまた返り討ちにすればいいのよ」
「あの転校生…卒業まで持つかしらね」
「そうよね。まだ学年始まったばかりだし…持っても今学期いっぱいかな」
「生贄順番待ちの生徒にとったら、あの転校生が卒業まで持ち堪えて欲しいわよね」
「卒業さえすれば、この悪循環を断ち切れるというわけでもないでしょ。社会に出たって、出会ったら最後、また同じ悪夢が待ってるよ」
「あいつら、社会に出てまで同じことやってたら、相当手痛い目に遭うだろうにね」
「上には上が居るわけだからね」
「上じゃなく下だろ。やつらが誰かに手痛い目に遭う期待なんか無意味だよ。餌食となったらやられ損よ」
丹下つづらが入って来たので二人の会話は一瞬止まった。
「なんだ、つづらかよ。脅かすなよ」
「だんだん声がでかくなってるよ、お二人さん」
「ヤバ…」
「東山の尻尾に聞かれたら面倒になるよ」
「だよね」
この三人は、東山らとは敵対とまでは行かないまでも、比較的対峙した立場だった。これまでも、蒼空がいじめられるタイミングをそれとなく外してやっていた。東山らも唐沢らと一緒にいる時の蒼空には手出ししなかった。
それというのも、唐沢の父・憲太はボクシングジムを経営しており、娘の聖とクラスメートの獅戸伽藍もそのジムに通っていた。新学年が始まる前、東山サリは野球部のベンチ温め組の不良連中を使って、自分らに靡かない二人を襲わせたことがあった。しかし、野球部の連中は手痛い返り討ちに遭っていた。
ボクシングのライセンス所持者は素手が凶器と見なされるという都市伝説があるが、その法的根拠などどこにもないことを聖も伽藍も知っていた。また、加害目的の相手が返り討ちに遭って被害届を出した場合、心象的にライセンス所持者には不利に働くことも知っていた。そこで聖たちは、連中の股間に強打の一撃をヒットさせた。女二人相手に不良ども5~6人が全員睾丸に被弾して気絶したということがバレるのを恐れ、なかったことになった。以来、双方の関係は膠着状態となって久しい。
聖と伽藍は、いじめに遭っている蒼空を何度かジムに誘ったこともあった。スポーツの苦手な蒼空は応じなかった。しかし、蒼空には不思議な力があった。人の未来が見える時がある。そして蒼空はある時、自分の未来が見えてしまった。それ以来、蒼空の目は死んでしまった。
かごめは体育館の裏にある野球部の部室に連れて行かれた。西が部室を開けると、野球部の曽我宗人以下数人の部員が授業をサボって屯し、酒、タバコに耽っていた。
「どうした?」
「場所借りるよ」
気怠そうな曽我に続いて部員らは部屋を出て行った。がたいのある南香織がかごめの肩を掴んで部室の壁に叩き付けた。かごめは顔色一つ変えず、振り返った。南香織がそのかごめの胸ぐらを掴んで凄んだ。
「この学校には校則より優先するきまりがあるのよ…知ってた?」
「知りません」
「じゃ、今から教えてあげるね」
南香織の拳が飛んで来た。その拳を “ガッ” と掴んだかごめの目が殺意に変わった。
〈第4話「かごめかごめ」につづく〉
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