3-6

 来たか、瞬。まあ、適当に座って。

 ああ、俺は掃除好きだからな。いつも部屋はこんなもんだよ。

 熱はもう下がった。風邪とかじゃないしな。

 そういえばそれもちょっと関係するんだよなぁ。なにから話そうか。そうだな、まずは俺の第六感の話にするか。

 俺の第六感。特別な力は、映画とか漫画でいうところの「タイムリープ」ってことになる。だけど、俺の中のイメージだとちょっと違う。木の枝を剪定する感じだな。実際、木の枝の剪定なんてしたことないけど、たぶん感覚は似てる。

 俺にとってこの世界は大きな木みたいなもんだ。太い幹が一本あって、そこからどんどん枝分かれしていく。俺はその木の中の、真耶が死ぬ世界の枝を切り落としてるんだ。そうして、真耶が生きる枝を伸ばそうとしてる。

 よくわかんねえよな。俺も自分で言っててよくわかんねえもん。

 根本的な、本当に最初のきっかけは、六歳の時、家族で海水浴に行って、溺れた真耶を助けて父さんが死んだことだ。あいつは父さんが死んだのを自分のせいだと思ってる。それ以来だ。あいつがあんなふうになったのは。想像できないかもしれないけど、その前は明るくて元気すぎるほど元気なやつだったんだぜ。今は見る影もないけどな。いつも死にたそうな顔してるだろ。六歳の頃からずっとだよ。それで、実際あいつは死ぬんだ。

 最初は小学一年生の時。

 四月、学校が始まったばっかりの頃で、朝休みに俺と鉄棒で遊んでた。

 あいつ、ちょっと目を離した隙に鉄棒から落ちたんだよ。背中を強く打って、気持ち悪くなっちゃって。でも俺は大したことないと思って笑ってたんだ。真耶も「大丈夫」って言うし、チャイム鳴ったらそのまま別れて教室に戻った。

 だけど、全然大丈夫じゃなかったんだ。ずーっと気持ち悪いままで、授業が始まって、先生に言うこともできなくて、教室の真ん中で吐いたんだ。先生は、すぐに保健室に行きなさいって言ったらしい。小学一年生なんて、そういうトラブルはよくあることだし、慣れてたんだ。でも真耶は、教室で吐いたってそれだけでもう人生の終わりだとでも思ったんだろうな。保健室に行かないで、校舎の最上階まで行って、窓から飛び降りた。

 俺は離れた場所にいても、真耶が死んだ瞬間はわかるんだ。おそらく真耶が死ぬことが第六感の発動条件になってる。急に意識がふって浮くような感じがして「あ、今真耶が死んだ」ってわかるんだよ。変な言い方だけど、体と心が半分なくなる感じがする。景色がただの絵みたいに見えてきて、目を閉じると真っ暗になる。音も聞こえなくなる。

 初めは夢を見てるのかと思った。目を閉じたままの真っ暗な世界で、家が見えるんだ。俺と真耶が生まれた家。三角屋根の大きな家だ。そこから映画を見てるみたいに記憶が再生される。断片的にな。小さい真耶と遊んで、海水浴に行って父さんが死んで、母さんの実家に引っ越して、真耶と二人で小学校に入学して、朝休みに鉄棒の前に立ってる。

 この辺でいやな感じがする。ああ、このままじゃ真耶が死ぬって。そう思って、慌てて目を開けようとするんだ。中々目が開かなくて、やっと開いたと思ったらその時はもう真耶が鉄棒から落ちてた。でも、すぐに無理やり保健室に連れて行った。そしたら真耶は死ななかった。真耶が教室の真ん中で吐いて死ぬっていう世界を、切り落としたんだ。

 次は、小学二年生の時か。

 小学生の間、俺と真耶はほとんどばあちゃんに育てられてた。母さんは一人で働いて双子を養ってたわけだから、そりゃあ忙しくてさ。じいちゃんは自分から俺たちにかまわなかったけど、ばあちゃんはなんつうか、躾とか教育とか、色々厳しい人だった。

 小二の後半って、九九を覚えるだろ。真耶も俺も九九は中々覚えられなくて、毎日ばあちゃんに叱られて、泣きながら復習してたよ。

 ある時限界が来たんだろうな。真耶は乗れるようになったばっかりの自転車で家を飛び出したんだ。ばあちゃんは「すぐ帰ってくるからほっとけ」って言ったけど、もう辺りは真っ暗だった。俺はその時まだ自転車に乗れなかった。走って追いかけたけど、追いつけるわけがない。

 あいつは、信号のない暗い道で車に轢かれて死んだ。

 それでまた俺は半分になるんだ。目を閉じると前と同じように記憶の断片が流れて、真耶が鉄棒で遊んでるところが見える。今度は早めに目を開けた。おかげで真耶を鉄棒から落とさずに済んだ。

 それから、早く自転車に乗れるようになろうと思って必死に練習したよ。九九は、別の世界の記憶もあったからな。ばあちゃんに叱られる前に俺が真耶に教えた。

 しばらくは問題なく進んだっけ。真耶はその頃中山と仲よくなったし。

 でも、俺がしくじった。

 俺、ガッツリいじめられてたのは小四の時だけど、小三の頃から兆候はあったんだよ。三年の時も吉村と同じクラスだったし。

 俺は正直調子に乗ってた。だって、世界をやり直せる力があるんだぜ。自分は特別なんだって思うだろ。周りのやつら全員馬鹿に見えて仕方なかった。

 そういうのって、隠してても滲み出るじゃん。しかも俺、超陰キャラだったし、余計に鼻についたんだろうな。

 目ェつけられて、小四になってから本格的にいじめられるようになった。触ったらばい菌移るゲームとか、筆箱投げられるとか、ふつうの小学生のいじめだよな。

 俺もふつうにむかついてた。ふつうに、いじめてるやつら殺して、やり直そうかなって思ったよ。でも、体と心が半分になる感覚、自分の意志じゃどうしてもつかめなくて、駄目だった。

 その内プロレス技かけられたり、首絞めて落とされたり、暴力っぽいことが増えて、そろそろ俺も死のうかなって考えてた。

 その年の秋。運動会が終わってしばらくした頃、真耶がいきなり俺たちのクラスに入ってきた。俺は吉村たちに羽交い締めにされてた。そこに真耶が飛びかかってきて。

 最初はなにやってんだこの馬鹿って思ったけど、あいつ手に彫刻刀持っててさ。近くにいるやつ、片っ端から切りつけたんだ。もう大騒動。真耶は手ェ血だらけにして、俺に向かって笑った後、窓から飛び降りた。

 死んだよ、当然。

 わりと最近、似たようなことがあって、さすがに呆れたわ。その時、実際に見たのは俺じゃなくて中山とか、瞬だ。お前が今朝見た夢はたぶんそれの残滓だ。お前になんで別の世界の記憶が微妙に引き継がれてるのか、俺にもわからない。本当に、お前もあるんじゃないのか、第六感。まあいいや。兆候があったら教えてくれ。

 それで、だ。その枝を切り落として、小四の途中で目を開けて、俺は不登校になった。それが安全だと思ったからだ。ばあちゃんにはめちゃくちゃ言われたよ。毎日毎日。あの人、世間体とかすっげえ気にするから。母さんは、なにも言わなかったけど色々気にしてはいただろうな。職場で瞬の父さん、良(りょう)二(じ)さんに俺のことを相談してたのかも。それで親しくなったとかだったら、ちょっと笑えるな。

 小五の時は、俺と瞬が同じクラスになったんだよな。

 お前、いつもプリントとか届けてくれてたけど、あれ、良二さんになんか言われてたからか? え、自分から? なんで。

 はぁ? お前が気にすることじゃねえだろ、知らないやつのいじめとか。お人好しだな、瞬は。まぁでも、おかげで楽しかったよ。ゲームする相手ができて。たまに真耶も一緒になって三人でやったよな。お前、真耶と対戦系のゲームやる時、わざと負けてやってただろ。バレバレだっつの。あいつ超ゲーム下手じゃん。

 ん、ああ。その間にも死んでたよ。一回。

 中学生のヤンキー女に帰り道で絡まれて、万引きを強要されたんだ。そんなの全部素直に話せば誰も怒らないのにな。自責の念ってやつか。歩道橋から飛び降りた。ちょうどトラックが向かって来る時を狙って。はた迷惑なやつだろ、マジで。

 六年生の時は瞬と真耶が同じクラスだったな。

 真耶に急に女子の友達が増えたの、気づいてたか? まあ、厳密には友達じゃないけど。あいつらは、俺の家に遊びに来る瞬と、俺の妹の真耶がそこそこ仲よくなってるのを知って、真耶と遊んでれば瞬とも遊べるんじゃないかって思って、真耶に近づいたんだよ。

 いや、マジだって。いい加減そういう女子の打算的な部分を受け入れろよ。

 それでな、真耶が女子を家に連れてくるようになった。五、六人の女子と、瞬と真耶と俺で、あの家で遊んでたんだ。お前の記憶にはないだろ。切り落とした部分だからな。

 ばあちゃんは消極的な真耶に友達がたくさんできて喜んでたけど、じいちゃんは居間に近づけなくて不便そうだった。

 それで、小六の二月。もうすぐ小学校も卒業だって頃に、母さんから再婚の話を聞かされて、真耶はそれを友達に伝えたんだよ。隠してもいずれバレるしな。家に呼んで、俺と瞬には外で遊んでてって言って。でも俺たちは部屋の傍で隠れて聞いてた。

 これは覚えてないか? 俺は結構強烈に残ってるぜ。

「ズルい」「抜け駆け」「裏切り者」とか。女子ってああいう時すげえ口回るのな。

 みんな家から出ていった。俺と瞬は聞いてない体だからな。なにも言えなかった。瞬にはこっそり帰ってもらって、俺もなにげなく外から帰ってきたふりをした。

「ああ、また死にそうだな」って思ったよ。もう慣れてきてたんだ。真耶が死ぬことにも、世界の枝を切り落とすことにも。

 だから真耶が夜、雪が降る中家を抜け出していくのも、気づいてて止めなかった。しばらくして真耶が死んだのがわかったけど、意識が遠くなるのを我慢して朝まで待った。死因は確かめたかったからな。真耶は温泉街の裏手の池に浮かんでるのを発見されたよ。

 そこで力を使って、小六の始めで目を開けた。真耶が女子を初めて家に連れてきた日の夜、俺が「うるせえし、じいちゃんが迷惑そう」つって、女子を連れて来させないようにした。真耶は珍しく不満そうな顔してたけど、時間が経つにつれて学校でも自分が利用されてるだけだって気づいたんだろう。

「真耶は自分から単独行動するようになった」って、瞬がいつか俺に教えてくれただろ。

 はぁ。喋りすぎて喉渇いた。まあ、そういうことがあったんだよ。全部切り落としたからもう終わったことだけどな。

 俺が引きこもってた期間って、だから実際三年より長いんだ。いや、肉体はちゃんと十三歳だから、体感は三年で合ってんのか。でも記憶っていうか、頭の中の時間がすげえ長い。すげえ長い間引きこもってた気がする。だから太陽の光とかいつの間にか苦手になって、このザマだよ。精神的なもんかもしれないし、もしかしたら力の代償とかかもしれない。でも、そういうの気にしても仕方ないしな。どうでもいいんだ、俺は。

 真耶はやっと中学生になったんだ。俺からすると本当に、やっとって感じ。でも相変わらず死ぬんだぜ、あいつ。タイミングは、お前が俺を怪しいと思った四月と今日で合ってる。この半年で二回も死んだ。その枝を切り落として、俺は今ここにいる。

 この世界が剪定された枝だよ。ここからどう伸びるかは俺にもわからん。未知の領域だ。

 飲み物買ってきていいか。コンビニ行ってくる。お前、なんかいる?

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