3-5
二学期の始業日。
真耶が教室に入ろうとすると、入口の扉付近で妙な会話が聞こえた。
「なぁ。今日、アレ本当にやんの?」
「クラス会で言ってたヤツ? どうかなぁ」
「ノリで小川が言ってただけじゃねえの?」
「えー。俺ちょっと本気でやってみたかったのに」
なんの話だろう。夏休みの終わりに真耶が行かなかったクラス会で、なにか企画が立てられたらしい。教室の中も全体的に妙な雰囲気だった。クラスメイトの皆が日焼けした頬をそれぞれに紅潮させながら「今日やるの、やらないの?」という話をそこかしこでしている。
真耶が席につくと、優衣が近づいてきた。
「おはよう、真耶ちゃん」
「ん。おはよう」
優衣はいつもどおりだった。奇妙な空気に困惑しているようだが、なにもわからないという顔をしている。時おり小川やその周辺にいる女子が、真耶と優衣を見て笑う。
朝礼のチャイムが鳴る五分前、急に小川が教壇に上がった。
「みんな。クラス会に来てた人は聞いてー。あの時言ってたこと、今日マジでやるから。段取りも前言ったのと同じ。よろしくねー」
クラス中に響く大きな声。気だるげな口調とは裏腹に威圧感のある言葉だ。
「クラス会来たのにやらなかった奴は裏切り者だからな。後で覚悟しとけよ」
小川をフォローするように、傍らに立っていた男子生徒が言う。
直接反応する声はない。なにげないざわめきが教室に戻る。それは了解の合図だ。
「クラス会、来なかったのって結局誰だっけ?」
「荒家真耶と優衣と、家の都合があるとか言ってた男子一人? 三人だけかな」
教室の後ろの方から、そんな会話が聞こえた。真耶は優衣と顔を見合わせながら周囲の様子を窺っていた。
チャイムが鳴る。
女子も男子も楽しげな声をあげる。いたずらをする時の子どもの顔だ。ろくでもないことをしようとしている。
小川と数人の男女が黒板の横の窓辺に集まった。そこで髪の長い女子を囲って、なにやら細工をしている。クラスメイトはその様子をどこか馬鹿にしたように、だが面白そうににやつきながら眺めていた。
教室の扉が開く。
「おはようございます」
新谷一馬が入って来た。
真耶は夏休み中も部活でたまに顔を合わせていたから、あまり久々という気はしない。だが今朝の新谷は明らかに気が重そうな顔をしていた。
新谷は窓際に群れる生徒に気づいた。チャイムが鳴ったら着席がルールだ。注意しようとする声の前に、長い髪の女子が言った。
「せんせー。窓の鍵のとこに髪の毛引っかかっちゃったぁ。助けてぇ」
「絡まってて、俺らでも取れねえの。なんとかしてよ、新谷ちゃん」
意外と自然な小芝居。真耶は一人感心していた。
新谷は呆れながらも、やはり笑った。
「一体なにをして遊んでたらそんなところに髪が」
状態を確認しようと、新谷が窓に近づいた。
「今だ!」
男子の声が上がる。新谷の腕はガッと掴まれた。男子の一人が、布地のベルトをしゅっと腰から抜いて、あっという間に新谷の腕に巻きつける。男子も女子も一緒になって、抵抗する新谷を抑えつけ、窓の柵にベルトを括り付けた。きつく結んでいるのがわかる。あれは痛そう。だが新谷はそれどころではないといった顔をしていた。
「行くぞ、みんな。ボイコットだ!」
ああ。
真耶は納得した。彼らがしたかったことがわかった。
椅子と机がガタガタと動く音がして、あっと言う間にクラスメイトのほとんどが教室を
出ていった。解放感に浮かれた声で、廊下を走っていく。
他クラスの生徒が何事かと騒ぎ出すのがわかる。
「新谷先生! なんですかこれは」
隣の四組の担任教師が慌てた様子で現れた。がらんとした教室と、手を拘束された新谷を見ておおかた事情を察し、露骨に関わりたくなさそうな顔をする。新谷が状況を説明する前に、彼女は口を開いた。
「困りましたね。ひとまず、私はクラスの生徒を講堂に連れて行きます。その後、他の先生方と相談して補助に向かいますが……。式が始まるまでに、なるべく五組の子を集めてください」
淡々と告げて、四組の教師は去っていった。
残されたのは、窓の柵に両手を繋がれた新谷と、真耶と優衣と男子一名。三人の生徒はすぐに駆け寄って新谷の拘束を解こうとした。
案の定かなりきつく結んであった。手首が鬱血している。
「ごめん。すみません。担任なのに、こんな」
新谷はかなり動揺していた。ぐいぐいとやみ雲に腕を動かすから中々結び目が解けない。
優衣はクラスメイトが階段を降りていく音を聞いて、新谷からすっと離れた。
「私、みんなを追いかけます。戻るように説得する」
「ぼ、僕も」
いつもおとなしい男子もどこか使命感に満ちた瞳で言った。二人が教室を出ていく。新谷はその背中に向かってなにも言えなかった。数少ない、自分の味方になってくれた生徒に対して、取り乱して「ありがとう」の一言もかけられなかった。
真耶の努力によって、まず新谷の左手が自由になった。右手は真耶の両手と新谷の左手を駆使したため、より短い時間で結び目が解けた。
「はずれた」
ふぅと真耶が息をつく。
「ありがとう。荒家さん」
新谷は自分の両手首をさすった。赤い痕。短時間でここまで痕になるということは、よほどきつく縛られたのだろう。
「手、痛そう」
「あはは。痛いです。夏休みの間に、車も傷だらけになっちゃったし」
新谷は自嘲気味に笑った。車の傷も生徒につけられたのだろう。
腕は自由になったのに、新谷は茫然自失とした顔で窓の外を眺めていた。
「あの子たちをこんなふうにしてしまったのは、僕です。僕が担任じゃなかったら、みんな、もっと真っ直ぐ伸びていったはずだ」
新谷がなぜ自分にこんな話をするのか、真耶にはその理由がなんとなくわかった。今までずっと、一年五組で同じようにひとりぼっちだった二人。
「僕は教師失格です」
新谷は真耶を見た。夜の海のように暗い瞳と、口元に張りついた弱い笑みが不釣り合いだった。
真耶はその瞳の奥をじぃと覗き込んだ。
「先生。今、ここから飛び降りたいと思ってる?」
「そうですね。わりと」
「そう。じゃあ私も一緒に飛ぼうかな」
二人で窓の外を見る。この棟からは小高い山と畑しか見えない。下は駐車場。固い地面。四階。校舎の最上階。完全に飛べるかどうかはわからないけど、飛ぼうとしたという意識だけは確実に残せる高さ。
真耶は窓枠の柵に手を掛けた。
「なにやってんだよ」
教室の入り口から声が聞こえた。
新谷と真耶が振り返る。
「コウちゃん」
乱雑に結ばれた長髪と、鋭い目つき。この上なく不機嫌そうな顔で考司が立っていた。
「遅刻して来てみたら、階段で五組のやつらとすれ違ってさぁ。ボイコットだってな、今時。マジで超めんどくせえ」
首筋をつたう汗を拭いもせず、忌々しげに言う。見るからに軽そうな鞄をその辺の机に放って、真耶と新谷を睨みつけた。
「めんどくせえのはお前らもだからな。なに教室でひと息ついてんだよ。特に新谷」
考司は新谷を指差した。
「あんたのクラスの生徒が、あんたから逃げてんだぞ。あいつらは馬鹿だから無自覚だろうが、追いかけて来ることを期待して逃げてんだ。それなのに担任が追いかけて来なかったらがっかりするだろうが。自分に優しい生徒だけ可愛がってんじゃねえよ」
考司は珍しく声を荒げて言った。新谷に対する不満もあったが、半分は八つ当たりだ。暑い。眩しい。真耶が未だに窓の柵から手を離さない。だから腹が立つ。
「本当、そのとおりだ。ありがとう、荒家考司くん」
新谷は目が覚めたような顔をして駆け出して行った。すれ違う瞬間、考司は心から新谷を蔑んだ。あれは尊敬すべき大人ではない。逃げ出した五組の生徒にも人を見る目はあったということか。
考司は窓際に近づき、真耶の二の腕を掴んだ。
「お前も行くぞ。俺も暇つぶしに付き合ってやるから」
考司が腕を引くと、真耶はあっさり窓辺から離れた。とてもぼんやりした顔で、黙って考司の後ろをついて来る。考司は教室を出るところで真耶の腕を離した。
廊下に出ると、他の組の生徒が始業式に向かうべく列を作っていた。雑然として、整列と呼べる状態ではない。誰もが窓に張りつくようにして、地上を見下ろしていた。こちら側の窓からは中庭が見える。考司と真耶も窓辺に寄った。手入れが行き届いていない雑草だらけの中庭は、周りを教室棟に囲われているからとても視線が集まりやすい。
そうか。だからあいつらはあそこにいるのか。
一年五組の生徒は中庭に集まっていた。始業式に向けてほとんどの生徒が廊下に出ている今、彼らは注目の的だ。開いた窓から教師の怒号と、生徒の野次と喝采が飛ぶ。五組の生徒はそれを浴びながらケラケラ笑っていた。それを咎めようと懸命に訴える中山優衣の姿も見える。間もなく新谷も登場して、観衆はさらに湧くことだろう。
考司と真耶は列を避けるようにして廊下を歩いた。
「コウちゃん。こんなに晴れてて暑い日なのに、よく学校来たね」
「一応、念のためだ。始業式の日だったから」
喧騒に紛れて、二人で話をする。
「コウちゃん、私ね、さっき不思議な感じがしたの」
人混みの中、後ろから真耶の声がする。
「窓の外を見てた時。あ、私ここから飛び降りるんだなぁって思った。そうするのが自然な気がしたの。なんか、前にそうしたことが」
「あ、瞬がいる」
考司は移動中の列の中に瞬の姿を見つけた。すぐに駆け寄る。真耶の話は聞かなかったことにした。置き去りにされた真耶は、なるべく人の邪魔にならないように廊下の隅に移動した。
考司は真面目に整列していた瞬を無理やり引っ張り出して事情を話した。
「中庭も見てたからなんか大変そうなのはわかるけど、僕が勝手に行動したらまずいだろ」
「大丈夫だって。野次馬しに行くやつもいるだろうし、どうせ一年生はぐちゃぐちゃになる。教師もお前がいないことを気にかけてる場合じゃないって」
列から抜けてしばらく歩くと、廊下の隅に真耶が見えた。
「あとは、あいつのためだと思え」
それを言われたらもう拒否できない。考司もそれをよく知っている。
「仕方ないな」
瞬と考司は混雑する列を抜け、真耶と合流した。
三人で階段を下りていく。三階では二年生の列が、二階では三年生の列がそれぞれ渋滞していた。人混みを抜けるのに苦労したが、おかげで教師に捕まらずに済んだ。
中庭の状況は混沌としていた。
逃げる男子をなんとか捕まえようとする新谷。多勢に無勢。一人を捕まえようとすると他の誰かがそれを妨害する。女子はそれを見て笑う。
一方、冷めた様子のグループもあり、彼らはおとなしい男子と中山優衣の説得を受けていた。言葉は耳に入っているようだが、それに応じた行動はとらない。誰に合わせて動けば得かを冷静に判断しているようだ。
既に中庭の入口には人だかりができていたし、乱入していく生徒もいた。
「学級崩壊ってこういうことなのかな」
瞬が呆れた声で呟く。
「この暑い中よくやるよ」
考司もため息をついた。瞬と真耶を置いて、人だかりの中に潜る。一年生も上級生も、とんでもなく不機嫌そうな長髪の生徒に一歩身を引く。考司はその隙間を抜けて、中庭に出た。小川や、よくつるんでいる素行の悪い連中が見つけて手を振ってくる。
考司は深く息を吸い込んだ。
本当は苦手なんだ。大きな声を出すのも。人前で目立つことするのも。柄じゃない。だけどもう、恥をかこうが失敗しようがいじめられようが、どうだっていいんだ。
「なぁ、ルール決めようぜ!」
中庭全体に響く大きな声で、考司は言った。
「ケイドロみたいにしてさぁ、一回捕まったやつは講堂に連行な。逃げる範囲はこの中庭だけ」
えー、と不満の声があがる。新谷と中山が呆然としている。後ろから、人垣を抜けてようやく瞬と真耶が顔を出した。
「俺と瞬はケイサツ側だからよろしく。じゃあスタート!」
目を白黒させている瞬と無理やり肩を組んで、考司は高らかに宣言した。
わぁっと声があがる。しかし中庭にいる人間は大きく動かない。ケイドロなんて遊びをするにはこの中庭は狭すぎる。散り散りに逃げることができない以上、相手の出方を窺うしかない。
考司はベンチに座っている男子に近づいた。塾での顔見知りだ。彼は考司から逃げようとしない。どこか安心した顔で考司が歩いて来るのを見ていた。
考司は男子の前に立ち、肩にポンと手を置いた。
「はい、ひとりめ。中山、連行よろしく」
突然名前を呼ばれた優衣が戸惑いながら「うん」と返事をする。それから考司は次々と逃げる様子のない生徒を捕まえた。元々ボイコットに消極的だった彼らは抵抗せず、優衣や真耶によって連行された。
そして先導メンバーの一人である小川も、考司が手を伸ばすとあっさり捕まった。周辺の女子も連行される。これで場の空気が変わった。
「はぁ。荒家瞬ってサッカー部だろ。俺、足じゃ勝てねえよ」
「私、瞬くんになら別に捕まってもいいんだけど」
「てか、もう疲れたよねぇ。ウチらもさっさと捕まらない?」
流されやすい多数の生徒が冷めていく。彼らは瞬が近づくと少し走って逃げるふりをした後、すぐに捕まった。手の空いた教師も助けに駆けつけて、事態は終息に向かっていた。
考司は木陰のベンチに座って、ことの成り行きを見ていた。
瞬は捕まえた男子生徒を一人連れて、考司に近づいた。
「自分で始めといて結局人任せなんてズルいな。連行役くらいやってよ」
瞬の額は汗で濡れている。
「わかったよ」
考司は苦笑しながら立ち上がった。
瞬間、目の前がザッと真っ暗になる。
考司!
心臓の音がガンガンうるさくて人の声がよく聞こえない。頬に触れる木陰の土が冷たくて気持ちいい。そのことで自分が倒れているのだと気づいた後。
考司は意識を失った。
目を開くと白い天井が見えた。保健室のベッドの上。ここに担ぎ込まれた時の、おぼろげな記憶を辿る。
最近あんまり眠れなくて。成長期だから貧血で。明るいのと暑いのが苦手で。
ご飯? ご飯は作ってます、俺が。あ、食べる方。それは、まあ、それなりに。
あとは、ちょっと寝ればすぐ治ると何度も主張した気がする。実際、どのくらい眠ったのかわからないが随分楽になった。
ガラリと扉が開く音が聞こえた。足音が近づいてきて、シャッとカーテンが開く。顔を覗かせたのは養護教諭ではなく、瞬だった。
「お、起きてた」
瞬は考司の鞄を持ってきてくれていた。礼の代わりに手をあげる。身体を起こす気力はまだない。考司は瞬に聞いた。
「今何時?」
「十二時半」
「始業式は、やったのか」
「一時間遅れだけど、無事に終わったよ。ほとんどのクラスはもう解散してる」
「真耶は?」
「一年五組は全員まとめて説教タイムだ。学年主任の先生からね」
「お前は?」
「個人的に担任から呼び出しくらってる。これから行かないと」
「悪いな」
「わかってて協力したんだからいいよ。それより、具合悪いの気づかなくてごめんな」
考司はどう反応したらいいかわからなかった。気づかれたくなかったから気づかれないようにしていただけだ。謝られても困る。
「考司。お前さ、今日なんで来たんだ?」
真耶と同じことを瞬が聞いた。
「来て悪いかよ」
考司はふてくされたように言って瞬に背を向けた。
「いつもなら絶対来ないだろ。こんな晴れた暑い日に、朝から」
「始業式の日くらい来なきゃいけないかと思ってさ」
背後から、すぐに声は飛んでこなかった。適当にいなしたから怒ったのかと思って、振り向きそうになる。
「僕も思ったよ。今日は、行かなきゃいけないって」
返ってきた声が思いのほか真剣な響きだったから、考司の身体は固まってしまった。
「前に、話したよな。真耶が死ぬ夢を何度も見るって。今朝も見たんだ。しかも、はっきり覚えてる。真耶が教室の窓から飛び降りるんだ。目が覚めた時、なぜかそれが今日起こることだって思った。いや、そういう予知夢みたいな感じじゃないな。今日、起こったことのような気がしたんだ。意味、わかんないだろうけど」
真耶が教室の窓から飛び降りる。
それは確かに、今日起こったことだ。別の世界の今日に。
「いや、わかるよ」
独り言のように零したつもりだった。いつもの瞬なら「また適当な返事をしている」と思って聞き流してくれるはずだった。
「わかる、のか。そっか。わかるんだな。やっぱり」
瞬は確かめるようにうなずき、そして聞いた。
「考司。お前、本当はあるだろ」
「なに。熱? あるよ、たぶん。この感じは三十七度五分くらいだな」
「ちがうよ。第六感」
第六感。
第六感世代。
言葉だけ広がって、実感が伴わない。まだ頑なに信じないと主張する人間もいるというのに。こいつは。
「人が聞いたら笑うぞ」
「今、誰もいない。大丈夫」
瞬はなにを大丈夫だと言っているのだろう。
誰にもばらさないから。全部信じるから。
そんなことを保証されたってなにひとつ大丈夫じゃない。
だけど瞬が言うと大丈夫な気がしてしまう。それは瞬が兄だからか。親友、だからか。
「なんで俺に第六感があると思ったか、理由を聞かせてくれ。答えはそれからだ」
考司は動揺を悟られないように、努めて軽い声で聞いた。「そんなのあるわけないだろ」と笑い飛ばせる準備をしておく。
瞬は語り出した。
「最初に変だと思ったのは、四月に真耶と中山が揉めた時だ。あの日、考司は寝坊しかけた僕を起こして、真耶が忘れた筆箱を届けてくれって言った。普段考司はそんなことしないから、すごく印象に残ってる。お前は、なんで真耶が忘れ物したって気づいたんだよ。朝、わざわざ部屋に入ったのか? ちがうだろ。お前は、真耶に忘れ物をさせたんじゃないのか? 洗面所で歯を磨いてる間に鞄から抜くとかして」
少し違う。洗面所で寝癖を直している間だ。真耶は半端な長さの髪が肩で跳ねるのをとても気にしているから、毎朝それを直すのにとても時間がかかる。
瞬は春の日のことを思い出しながら続ける。
「忘れ物を届けるために、僕は一年五組の教室に行った。そしたら真耶と中山が揉めてた。チャイムが鳴ったけど、その日に限って先生が来るのが遅かった。不審者がいるって電話があったらしいけど、その後の情報はなにもなくて、結局いたずら電話だったらしいじゃないか。あれも、考司がかけたと思えば納得がいく」
馬鹿みたいな話だ。わざわざ朝っぱらから番号非通知で学校に電話をかけ、声を低くして嘘の情報を伝えたなんて。しかも目的が妹の揉め事を収めるための時間稼ぎだとか。瞬はそこまで想像して言っているのか。だとしたらそんなに恥ずかしいことはない。
「他にも、気になることはたくさんあった。いくらなんでも変わりすぎなんだよ、考司は。僕が知り合った頃と今じゃ、まるで別人だ。真耶が孤立してる時、急に学校に来るようになったり、少しも楽しくなさそうな顔して不良とつるんだり。お前はそんなに行動的なやつじゃなかっただろ。中学に入ってからは、真耶の周りでなにか起こりそうになる度にお前が動いてる気がする」
考司は今だってそんなに行動的ではない。面倒なことは極力したくない。本当に。人付き合いも登校も。しなくていいならしたくない。
「今日だって、無理して登校したのはそれなりの理由があったからだろ」
前の世界の今日のことがあるから念のため一応。と、答えそうになる。今日は本当にそれだけだった。ここまで面倒なことになるとは思っていなかった。
「あとは、僕が見る夢だ。真耶が死ぬ夢。その最後、いつも考司が出てくる。なんにも考えてないみたいなぼーっとした顔で、どこかを、見てる」
瞬の話はそれで終わりだった。沈黙が訪れる。
考司は身体を起こして瞬を見た。
「勘がいいなぁ、瞬は。お前もあるんじゃねえの、第六感」
瞬の目が丸く見開かれる。なにか言おうと口を開けた時、校内放送がかかった。荒家瞬の名が呼ばれる。考司は笑った。
「帰ったら話すよ。今日の夜な。そろそろ一人じゃ厳しいと思ってたんだ。ひとまず、日が暮れるまでは寝かせてくれ」
瞬はありがとうと言って、保健室を出ていった。
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